勇者一行の盾
勇者一行の盾役を担った男に会いに行ったエレクは何を話すのか
エレクのいる砦から西の方にある砦で優雅に昼食をとっていたのは、勇者一行のメンバーの一人、盾の職業を持つ男、グレア=キュラデイオ。
いつも通りの問題無い昼、そのはずだった。目の前を、男が高速で窓から飛び入ってこなければ。思わず吹き出す紅茶を気にしない様子で男はグレアを振り返った。
「エレク…、お前…どうした…?」
「無礼な訪問ですまない」
「いや…」
グレアはエレクの寝間着姿と裸足の状態が気になって仕方がなかった。
足が汚れているから、着の身着のまま走ってきたのは分かるが、そこまでの緊急事態なら魔道具を使って来ればいいだけの話だ。
「魔道具を使わなかったってことは訳ありか?」
「あぁ、相談したいことがある。とりあえず、他の皆には内緒で」
魔道具は人の出入りが多い大広間に置いてある。人目を避けるためなら、わざわざ窓から入ってきたことも納得できるとグレアは頷いた。
「ここで待ってろ、俺は大喰らいだからな。おかわりを貰ってくる」
「ありがとう」
「俺のためだ」
明らかに魔王討伐後よりやせ細っているエレクを気にして食事を調達にしに行く後ろ姿が懐かしく、エレクは久しぶりに笑った。
足の汚れを気にしたが、グレアがいいからと座らせたカーッペットの上で座って食事をしつつ、エレクは質問し始める。
「その…私のことはどう聞いていた?」
「原因不明の病にかかって治療中、とは聞いていたな。感染系か分からないが、勇者一行の俺たちが行って俺たちに万が一があるといけないから面会もできないってミルアが言ってたぞ。まぁ、今のお前を見る限りそんな感じもしねぇけどよ」
「実は…」
エレクは砦での出来事、追い出されたこと、砦の扉が閉まった瞬間に体調が良くなったことを話した。気になる点はいくつもあったが、それ以上にグレアは聞きたい点があった。
赤髪の頭をかきながら、エレクに確認する。
「事情は分かったが、それがえーと三時間前のことだって?」
訓練した兵士の足でも最低は一週間はかかるこの砦までの距離を三時間で来たことに、グレアは驚き呆れていた。
「あぁ、色んなスキル使って大きく跳躍するのを繰り返して、こっちには来たんだ」
「スキルっつったって、人間には限界があるもんだ」
(そーいや、わざわざ一般兵がやるような鍛錬とか実践形式の戦闘訓練を、スキルを一切使わずやってた元変人勇者だったか。)
戦闘系の職業の中でも上級職と呼ばれるものは、その職業を持った時点で身体能力に補正がかかる。
当然、勇者は他の職業よりもかかる補正が大きい、そこに強力なスキルと鍛え上げられた肉体が合わされば可能なのかもと、グレアは己を納得させた。
「だが、お前を追い出したその兵士もおかしいな。確かに俺自身拍子抜けするくらい討伐は安全に進んだが、功績は功績だ。それに聖女が反対してたのに、誰も止めなかったってのも気になる」
「本当に私が体調不良は虚偽で単に怠けているだけだと思っているのなら、私が国に兵士たちからの仕打ちを報告できることを想定できるはずだ。その結果、罰を受けることも…。あまりにも割に合わない」
「あぁ、逆に体調不良な勇者なんていらない、着の身着のままほっぽり出せば野垂死ぬだろうとみて、追放したって言われた方が納得できるぜ。…それがミルアに何も言わずに来た理由か?」
少しためて、探るような目つきでエレクを見ながら尋ねる。
「彼女を疑っているわけでないのだ。ただ…他の者に相談したかった」
無自覚であったものの、ミルアを疑ってしまったことに罪悪感を抱いたエレクは俯いてしまった。無意識か、すぐ横に置いている相棒とも言える銀の槍を握りしめている。
「お前は追い出された直前まで三年も体調不良で、治った時も急に健康体になったのに、量の少ない病人食食べ続けてたから燃料切れになっちまったんだ。仕方ない」
エレクは無言で頭を縦に振る。
「けど、なんで俺を選んだんだ?他の奴の砦の方が近いだろ?」
「貴方はよく豪快な人だと言われるが、スキルの使い方も戦い方も、私たちの中では一番繊細で野営の時も誰より気を配っていた。だから君の所に行けばいい助言が貰えるかもと思ったんだ」
「…そうか」
グレアは”最高の盾”と呼ばれていた。
聖女ミルアの様子には敏感なのに、自身の行動が何を招くか鈍感な気がする兵士たちはどうしてしまったのか