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足音の響く帰り道

作者: 六波羅朱雀


──


「じゃーねー」

「また明日!」


そう言った私たちは、それぞれ別の道へと帰り出す。

高校一年生になってから新しい友達が出来たのは嬉しいけれど、中学よりも登校の地域が広いから一緒に帰る友達がいないのは悲しい。

今さっきまで一緒にいた友達のユナは、私とは家が反対方向だから校門までしか喋れない。


「学校帰りの寄り道とか、憧れるんだけどなぁ」


通っているのはある程度の進学校だから、勉強しなければすぐに授業についていけなくなる。それは嫌だ。

でも、やっぱり、遊びたいなぁ。

そんな思いが脳内を行き来したその時、背後に気配を感じた。


──カツ


後ろを見れば、コンビニ袋を片手に持った男の人がいる。スーツを着ているから会社帰りなのだろう。

もう夜七時だし、これから帰って、コンビニで買ったおにぎりでも食べるのだろうか?

男の人は途中の道を左に曲がっていって、見えなくなった。


「いつもより遅くなっちゃったし、早く帰ろう」


普段から部活で六時を過ぎることは多いけれど、七時を過ぎるのは久しぶりだ。

この辺りは大通りじゃないから、暗くなってきたら結構怖い。そう思って歩く速度を速めた。


──カツカツ


今日は帰ったら数学の宿題をしないと。

あ、明日は漢字テストがあるんだった。いけない、先週言われたのに何も勉強してない。前回は十点中五点で赤点寸前だったから今回は頑張らなくちゃいけないのに。


「やること多いなぁ」


なんで進学校に入ったんだろう、私。

別に勉強が好きなわけじゃないのになぁ。

歴史は面白いから好きだけど、数学は公式を覚えられないし、国語は作者の感情なんて知らないし。そんなの作者に聞いてよって感じ。


バサッ!


「わぁっ…な、に?」


──


頭の中で愚痴を言いながらふらふらと歩いていたら、いきなり黒い影が草むらから飛び出した。思わず立ち止まって、肩にかけていた鞄を構える。

一瞬虫かもしれないと考えたけれど、違った。カラスだ。


カァ、カァ


「もう、驚かさないでよ!」


バサッ、バサッ!


カラスに言葉が通じるなんて思わないけど、ムカついたのでそう声をかける。大きな声を出したところで、この通りには家がない。あるのは公園と小さな工場だ。誰にもうるさいなんて言われない。

カラスは私の声に驚いて、どこかへ飛んでいってしまった。

一枚の黒い羽が空からやってきて、私の前に落ちた。

その羽を少し眺めた。


「早く帰らなくちゃ」


そう思い出して、また歩き出す。


──カツ


たまに車とすれ違うけれど、やっぱり人はほとんど通らない。

ここを田舎と言うかは知らないけど、都会じゃないことは確実だ。店も少ないし、観光地でもない。

そういう場所の住民は夜に出歩くことを嫌う傾向がある。

道が暗いからだ。この辺りだって、不審者が出ることが(まれ)にあるし。

昔は治安が悪かったのかもしれない。おじいちゃんが、「昔はこの辺りでバイクに乗る連中が多くてなぁ」なんて言っていたような気もする。


──カツカツカツ


公園から出てきた黒い猫が私の少し前を歩いていくのが見えて、顔をほころばせた。


「クロ!」


クロという名前の野良猫だ。名前は私が勝手に付けた。他の人はマルともノラとも呼んでいる。人それぞれだ。でも、可愛がられていることには違いない。


ニャア


クロは人に慣れているから、私が近づいても逃げたりしない。アスファルトの上に座って毛を整えている。


「今日もかわいいなぁ〜」


クロを撫でるために、足を止めた。

野良猫は病気を持っていることもあるからたくさんは触らないけど、それくらいの距離感でも十分だ。クロだって、あんまりベタベタ触られるのは嫌だろうし。


──


「って、いけないいけない。帰るんだった」


公園の時計を見ればもう七時半近い。それにお腹も減ってきた。


「じゃあね、クロ」


ニャーオ


相変わらず毛を舐めているクロの姿を背に、私はまた歩き出した。


──カツカツカツカツ


ここからはずっと一人だ。

家はないし、細い道だから車も通れない。犬も猫もいない。カラスもいない。

延々と続くアスファルトを踏みしめながら、今日の夕飯は何かなと考えた。


「朝お母さんが言ってた気がする……カレーライスだったっけ? いや、ハンバーグだっけ…?」


──カツカツカツカツカツカツカツカツ


「何?」


──


背後に気配を感じて振り向いた。

誰かが音を鳴らした気がする。

でも、誰もいない。

電灯が光っているだけ。パチパチという効果音が似合う光。切れかけた電池をなんとか光らせようと頑張っているその様は、むしろ不気味だ。


──


そこには誰もいない、の、だけれど、なんだか嫌な空気がした。


「はやく、かえろう」


急に寒くなったみたいな気がして、指先から血の気が引いた。ちまちまと後ろを振り返って、早歩きで帰る。

家はあと十分くらいで着くから、走れば五分だ。

スピードを速めたせいで、はあ、はあ、と、息が切れる。もともとハンド部で練習して疲れた身体だから、空腹も相まって限界が近い。

テスト前だからと張り切って教科書を持ち帰ろうとしているせいで鞄はいつもより重いし、最悪だ。


──カツカツカツカツカツカツカツカツカツ


姿なきソイツが地面を踏む音だけ聞こえる。吐息も服の擦れる音もない。

相手の正体が分からない。ただそれだけで、こんなにも鼓動が速くなる。


──カツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツカツ


音の速度が速くなって、私は息も絶え絶えに走り出した。


「やばいやばいやばい」


さっきみたいに、カラスだといいな。

あるいは、クロが私のことを追って来ただけとか。


「はぁ、はぁッ……足が、きつい」


足がもたついても、それでも止まるわけにはいかない。


──カツカツカツカツカツカツカツカツカツ


「あっ」


無理やり走ったせいで、左足が右足にぶつかって転んでしまった。

今転んだら、ソイツに追いつかれるのに……!


──カツカツカツカツカツカツ


急いで立ちあがろうとしたら、両足の膝を擦りむいていることに気がついた。血が(にじ)んで、ヒリヒリと痛い。


鞄を肩にかけ直して、前を向く。

もう住宅街に入っている。家の光が近い。

あと、少し。


「あと、ちょっとなのに…!」


──カツカツカツカツ


遠くに見える月には雲が被っている。


──カツカツカツ


暗い夜の中を走る。

もはや、歩いているのと同じくらいのスピードだったけれど、走れているつもりだった。


団地の敷地に入る。エレベーターを待つ時間が惜しくて、階段を使った。どうせ家は四階だ。エレベーターがなくたってすぐに着く。膝は痛いけど、もう血は止まりかけているみたいだし、平気だ。


──カツ


音が遠ざかっている気がして、嬉しかった。

私は逃げ切ったんだ。

恐ろしい何者かから、勇敢にも逃げ切った。


「ただ、いま」


玄関を開けて、家に入る。

すぐに扉を閉めて鍵をかけた。

途端に疲れがどっと湧いてきて、そのまま靴箱の前で座り込んだ。


お父さんは単身赴任でいないし、お兄ちゃんは大学へ通うために一人暮らしを始めたから家には私とお母さんだけだ。そのお母さんの「おかえり」という声が聞こえない。

でも、たまにこういう時がある。

回覧板を渡しに一階のポストまで行っていたとか、そういう時が。

だから大丈夫。心配ない。


いくら恐ろしい何者かでも、私の家までは付いては来れないはずだから……。


──カツ、カツ、カツ


廊下を誰かが歩く音がした。


「いやいや、お隣さんでしょ。きっと、旦那さんが仕事から帰ってきたんだよ」


ピンポーン


強がりを呟いた時、インターホンが鳴った。


──


自分が背にする扉の向こうに、気配がする。


開けては、いけない。


ピンポーン


「どうしよ、そうだ、スマホ、誰かに相談しないと」


震える手で鞄からスマホを取り出して、お母さんに電話した。


プルル、プルルルル


「うそ」


家の中から着信音がした。

お母さんはスマホを家に置いたまま出かけていたのだ。


「じゃ、じゃあ、友達に……」


そうして友人に連絡しても、既読がつかない。

それも当然か。みんな夕飯を食べていてスマホなんて見ていないんだろう。


ただ、この時、私は、孤独につままれた気がした。


──


音がしないのが悲しい。

今すぐあの気に食わない音がして、遠ざかっていってくれたらいいのに。


ピンポン、ピンポン、ピンポン


いつもは友達が遊びに来たのかなってワクワクをくれるインターホンの音が憎い。


ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン


「もうやめて!」


感情的になって叫んで、スマホを廊下に向けて放り投げた。

パリ、なんて無機質な音がした。

今すぐお母さんが帰って来て、「スマホ割ったの?」って怒ってくれればいいのに。


ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン


何度も繰り返される甲高いその音に、心が侵略されていく。


「もういやだぁ……やめてよぉ…」


──


ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン


「いやぁ────────ッ!!」


──


そこから先のことなんて、何も覚えていない。

ただ、少女の悲鳴が聞こえた。

喉から血の味がして、ようやく悲鳴を上げているのが自分なのだと気がついた。


気に入っている部分を紹介します。


1.主人公が立ち止まった時に足音が止まります。

2.──の部分で表現しています。

3.題名にある足音という言葉を使わないようにしています。

4.──は最初からあるので、学校から付いてきていることに……。


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