魔導士ディーラー女神さまから力を与えられるそうです。
「勇者の力……!」
突拍子のない女神の言葉に思わず口をはさむ。
「そのとおりです。私はあなたをこの世界に転生させてからずっと見守ってきました、勇者パーティーの一人として四天王の一人を倒した功績は高く評価しています」
つらつらと賞賛を贈るアナスタシアは私に向けて自らの手を差し出してきた。
「さぁ私の手を握りなさい、そうすれば次の瞬間あなたはなんの苦労もせず勇者の力得てあの世界を無双することができますよ」
目の前には傷一つない純白の女神の手。その手を数秒見つめたあと、自分の両手をじっと眺める。
擦り傷と手豆だらけのゴツゴツした手の平だった。
――いや待てよ。
「どうしましたか、この手をとればその瞬間にチート能力が使えるようになるのですよ?」
「勇者の資格がないと私を見限ったあなたが今さら力を与えるなんておかしな話じゃないか」
その一言でアナスタシアの顔が一瞬曇りかけたがすぐに笑顔を向けて、
「おかしなことを言いますね、あなたは主人公になれない世界から逃げ出したくて自ら命を絶った……そんなあなたが主人公になれるチャンスを私は与えようとしているのです。この機会を逃せばもはやこの世界でも誰かの引き立て役のまま、日陰者として生きることになるのですよ。強くなりたくはないのですか?」
「……」
「そもそも――なんの能力も持たずに転生された期待外れの人間にこちらから勇者の力を与えるなどありえない温情です。それを女神たる私がわざわざ与えようというのに袖にすれば、当然こんなチャンスは永遠に与えられないと思うのが普通です」
アナスタシアの言葉を一言一句聞いてから右手を上げる。
――ここであの女神の手を握れば人生をやり直せる。夢にまでみた主人公、大勢の人たちから賞賛を受け、地位も名誉も思いのままの世界がこの手を握った瞬間訪れる。
でも……
私は上げかけた右手を振り下ろし首を振った。
「どうしたのです?」
「やっぱり私があなたの手を握ることはない」
「何をバカな……、この世界でもモブキャラでいいのですか」
「よくないよ。一度でいいから主人公になりたい。でも」
私は髪をむしりかいた。うまく言語化できないことをもどかしく思いながら、口を開く。
「今ここであなたの手を握ってしまったら自分がこの世界で十年間積み上げてきた努力やしてきた苦労を否定することになってしまう気がする、それは今の自分にとって主人公になれないことよりも辛いことだ。それに一度見限られたあなたから力をもらうのは癪にさわる」
「強くなりたくないと? 弱いままでいいと? 一生強者に搾取される人生でいいというのですか? 弱いことに心を苦しむ人生でいいのですか?」
そう言うとアナスタシアは眉を細めて厳しい視線で睨んだ。
「……あぁそうさ私は弱い。だから一度死んだんだ。でもこっちに来て教えてもらったよ。自分の弱さに苦しんで受け入れることが一番大事なんだってな」
「くだらない……私はね、弱いやつが大嫌いです。いくらきれいごとを並べたところで強者には敵わない。その事実をよく知ってます。最初から女神として、強者として生まれ特別な力を持った私はね。だからここにくる人間たちはみんなそうだと思っていました。力がないと判断されたらまた自ら命を落として別の世界に転生することを平気でやるような奴らばかり見てきました。そんな人間たちを見て私は日々を楽しんでいたのに……あなたのその思考はとても目障りなのですよ」
コホンと咳払いしたアナスタシアは差し出した手を引っ込めて上空に舞い上がった。
「一つだけネタバレをします。あの魔導士の少女を助けたことをいずれ後悔することになります」
「なんだって」
「私の瞳はなんだって見ることができるのです」
重要なことをさらりと言ったアナスタシアは初めて動揺した私の顔を見て少しだけ満足そうに笑った。
「それとこれは私からの施しです」
そう言うとアナスタシアは自らの右目に指を突っ込んで眼球をえぐりだし私の瞳に無理やり押し込んだ。突然の狂気に驚く暇もなく眩い光に包まれた。
「これでいつでもあなたを干渉できます。あなたが私に助けを求めてくる日を心待ちにしてますよ」