魔導士ディーラー 剣士アイリス③
ここにいるメンバーは二十人。
私やメディー、アイリス以外はみなパーティーを組んでいた。個性や役職もバラバラな彼らをひとつにまとめるのは簡単なことではないがチルトは実績充分なガード。
力強い言葉で戦術の説明をしている。
「迷いの樹海は人を喰らう魔物の巣窟だ。中には知能が高い魔物もいる、だからこそ一致団結しなければならない。生存率を上げるためにはお互いのスキルや能力を共有しておくことが大切なんだ」
「おいおいそんな念入りにする必要はないんじゃないか、ここに集められた連中は一部を除いて全員Cランク以上のパーティーだぜ」
屈強な体つきの男が不快そうに眉を寄せていた。
「あなたの言い分は分かるがそれで第一回のメンバーは壊滅した。甘く見てると死ぬ」
自信をもって話していたチルトが深刻そうな表情を浮かべて死という言葉を使ったことに驚きを隠せないといった様子だ。
「しかもそこには凶暴な魔物を束ねるドラゴンも住み着いている。俺は今回この作戦を任された者としてここにいるメンバーを死なせたくない。だから俺に従ってほしい」
今度は頭を下げて切実にお願いする。あのときタオフーがいなかったら私たちは殺されていただろう。
あの威圧感はただの魔物ではない。
立ち向かうもの、抗うものを震撼させる魔物界のエリートであるドラゴン。しかも禍々しいオーラを放った個体だ。Cランカー以上が協力したって倒せるかどうかわからない。
「だったら私をメンバーに選抜しろ」
アイリスの甲高い声は集会場に響き渡り再び殺伐とした空気に包まれる。
「アイリス。どうしてお前がここにいる?」
「チルにぃ、あまり私をバカにするな。私のスキルや能力は必ず貢献できる。こんな帝都から派遣された烏合の衆よりも私の方が強い」
挑発的な態度をとるアイリスに凄む血の気が多い冒険者のひとりが背中に背負った大型ハンマーに手をかけ肩に担ぎながら近づいていく。
「おいDランクの剣士が自惚れるなよ」
厳しい顔をして威嚇する男に物怖じせずアイリスは腰に携えた刀を握った。
「自惚れは貴様だ、そんなものを構えて私の間合いに入ってきたんだから、何をされても文句は言えまい」
「こいつっ」
大きく振りかぶったハンマーがそのままアイリスの頭上に振り落とされる。
しかしその攻撃がアイリスを捉えることはなかった。
振り翳した瞬間ハンマーはその遠心力とともに粉々に砕け散り残骸のそれぞれは一輪の花に変化しあたりに四散させた。
「い、いまのはぁ?」
何が起こったのか理解出来なかったメディーが問いかけるが私も正確にはわからない。ただ恐ろしく早いスピードで複数回の斬撃をくらわせたのだけはわかる。
「あのムートさんあの方の剣、もしや知剣ではないっすか?」
「えっ、ベルリー今の見えたのか?」
「いえ、あの柄と鞘の色それにあの剣捌き……それに斬られた対象が花に変化する。こんな陳腐な特徴を持つ剣は他にないっす」
ベルリーの言ったことが正しいならアイリスが持つあの剣はチルトが封印していた五大神剣のひとつ『知剣アルジャーノン』に違いない。
「次は誰だ?」
騒ついた周囲を嘲るように言った。
「アイリスもうよせ」
私は瞬間的に彼女の間合いの中に飛び込んだ。
「いい加減にしろ!」
チルトが右手で刀の柄をおさえていた。
メディーとベルリーは私が飛び出したとき斬られると思ったのか短く悲鳴を上げていた。
「チルにぃ手を離せ斬られたいのか」
深く、重く、黒い声。年頃のあどけない少女とは思えないほど殺伐とした声にもチルトは動じない。
「これから一緒に戦う仲間を攻撃するようなやつはそもそも戦力外だ。早くこの場から去れ」
アイリスは納得いかずに鋭く睨み返す。
「これ以上はやめましょう。仲間内でいがみ合ってもいいことはない」
その時ニーダは壇上にいた。
それから深く考え込んでから口を開く。
「チルトさん彼女にそれなりの実績があるならメンバーとして連れていけば良いではないですか」
「これは私たち兄妹の問題。勝手なことを言わないでいただきたい」
アイリスは静かに足を一歩踏みしめチルトにじり寄る。私はそれを制止した。
ニーダの横に陣取った片目がつぶれた男があきれながら両腕をあげる。
「落ち着きたまえよ、メンバーは多い方が良いのは間違えない。まぁ今の態度を見てあなたと組みたいパーティーがいるかはわからんがね」
彼女は周囲を見渡した。ニヤニヤと笑みを浮かべる冒険者たちはさっきまでの鬱憤を晴らすように挑発を始めた。
「うちのパーティーに入れてやってもいいがそんな態度では背中を預けられないな、じっくり人となりやらを知りたいから今夜は俺たちの部屋にこい。朝まで可愛がってやるよ」
などと、こちらの弱みを握った彼らはセクハラめいた言葉でアイリスを侮辱する。
アイリスは一歩もひかずに男たちを鋭い眼力で睨んでいたが柄から手を離して拳を握っていた。
「大丈夫だアイリス」
私は彼女の肩を叩いてからささやく。そして周囲を見渡してから、
「だったら彼女とは私が組む。あそこにいる白魔導士と魔道具メーカー合わせて四人だ。これなら問題ないだろう」
あっけにとられて立ちすくむ冒険者たちはお互いに目を合わせあった後計ったように大笑いした。
「まじかよ、あんた死んだぞ」
「最低ランク以下のあんたと白魔導士がDランクと組んでどうやって生き残るんだ? 教えてくれよ」
別に自分がなんと言われようが構わないし気にするに値しない。しかし友の妹を侮辱されて黙っているほど大人じゃない。
「おいムート本気で言ってるのか?」
チルトは私の肩を掴み正気かと言った表情だった。
「本気か? こんな半端者に協力してやる必要はない」
「本気だよ」
その気持ちに嘘偽りはない。
しかしメディーを巻き込んでしまったことに申し訳が立たない。私はメディーに目配せする。彼女は首を振りながら私のもとへ走ってきた。
「わ、わたしもぉ同じ気持ちですぅ」
メディーは震えながらも力強く言い切った。
「メディー」
「ムートさんわ、わたし嬉しいんですぅ。こんな私でも頼りにしてくれて」
「そうか、ありがとう」
私は壇上に向けて歩み寄った。
「チルト、これでパーティーは成立したはずだ俺たちのメンバー入りを認めてくれ」
「ダメだいくらお前でも許可出来ない」
チルトはそれでも頑なに拒否してさっさと帰れと言わんばかりに手を払った。
「話にならないな、チルにぃ」
呆れたように微笑んだアイリスは、そのまま踵を返した。
「ちょっと待ってよ。アイリス!」
アイリスの背中を追いかけ出口へと向かう。
「おい、魔導士ディーラー町で会ったら覚えとけよ」
とばっちりのような脅迫めいた言葉を背に受け私はアイリスを追いかける。
「やりようはいくらでもあるよ。きみ次第だけどね」
集会所を後にする直前、壇上に立つニーダがそう言って笑った気がした。