魔導士ディーラー 察してほしいそうです
「ダンカンさんそれにしてもこのまま黙っているのはあなたらしくないです」
私の二年前の記憶ではギルドの管理者を任せられたダンカンはこの街に住む全ての人々の相談役で義理堅い人物だった。
しかし今目の前にいる男は何も行動を起こさないでいる。
「誘拐被害と宗教団体の出現は関係あるんじゃないですか、怪しすぎますよ。どうして追及しないのですか?」
「それはできないんだ」
「どうして」
「……察してくれ。すまない」
机に額をこすりつけ謝罪する。
「で、でもぉこの町で幼い子ばかりが行方不明になっているんですよねぇ。それも関係ないんでしょうかぁ」
「それも正直分からない。ただ信者が普及活動を始めたのは一年も前からだ。それに今では我が子を失った親たちには心の支えになっている」
ダンカンの言っていることはあながち間違えではない。しかしどうも腑に落ちない。ドラゴンがゴブリンたちを使役していたとしてもあの少女は不可解な傷があった。
ゴブリンの性質上、子どもを身ごもれない体に興味を示さない。ドラゴンに献上するなら傷つける必要はないはずだ。
「しかしそれだけでドラゴンを元凶に100%話しを進めるはどうかと……」
「これは憶測だがドラゴンは幼い子どもの肉の味を覚えてしまった。食ってるのさ。あの森で魔物たちを何らかの力で操って誘拐させた子どもをね」
男の声が聞こえた後で店の入り口の扉が勢いよく開いた。
「あの森から生きて帰ってきたか、都会かぶれ」
ダンカンの嫌味をスルーして、
武装した三人組の男たちがツボを片手に持ち私たちが座っている机の上に丁寧においた。
「なんですかあなたたちは?」
私が尋ねると、彼らは薄ら笑いを浮かべ一人の男が口を開く。
「君たちが話をしていた宗教団体のものだよ」
私は息を止めて男たちを見上げる。
片目がつぶれた男、槍を持った男、しかし一番私の目をひいた男はあの森から帰ってきたというのに傷ひとつ負っていなかった。
傷がない男はぐるっと私たちを見回しメディーのところで目玉の動きを止めた。
「ちょっと失礼」
傷がない男は涼しい顔をしてメディーが口をつけていたコップを数秒ながめたあと躊躇なく啜った。
「すまないね、喉が渇いていて」
「いぇ~、ど、どうぞぉ」
失笑してメディーは傷のない男との視線を逸らした。
私は見ていて気持ちの良いものではなかったので横目でけん制する。
「ニーダ、報酬を預かっているから受け取ってさっさと帰れ」
ダンカンが立ち上がり一度裏に消え次に現れたとき小包を三つ携えていた。
「ほら」
傷のない男。ニーダは投げ捨てられた小包を受け取り中身を確認する。
「ありがとう」
ニーダはそう言って報酬の金貨の一枚をメディーが座る机の上に置く。
「え、えぇっとぉ」
「これは僕からきみへの気持ちだよ」
顔をメディーに近づけてきた。メディーはその圧に負け必死に顔を伏せて目を合わせないようにしている。
「申し訳ない、これ以上彼女を困らせないでくれますか。もし個人的に仲良くしたいなら私を通していただきたい」
私の言葉にニーダの動きが止まった。ゆっくりと私の顔を確認しながら、
「分かりました。また改めましょう……いくぞ」
ニーダら一行が店をあとにしてからダンカンは彼らが置いて行ったツボを大事そうにかかえひとつずつ厨房の奥にある部屋に運びだす。
からからと乾いた音がするツボにタオフーは興味津々であった。
「それ中身なにですか?」
運び終えたダンカンはタオフーの質問に答える。
「これは行方不明になっている子どもの骨や服だ。これから鑑定して照らし合わせる」
「骨? 服?」
私の声は自分が思っている以上に大きかったのであろう。メディーの体がぶるっと震えた。
「あぁ、彼らは定期的に森に入り遺留品を探してくれる」
――うん? それはおかしい。
私は立ち上がり机を叩く。
「ちょっと待ってくださいよ、ギルド以外での依頼をどうしてギルド長のダンカンさんから手渡されるんですか? 帝国の法律では認可されたギルド以外でのクエスト報酬は禁止されているはずだ。それにさっきのお金は、帝国でないならどこからでているんです?」
ダンカンは大きなため息のあと再び立ち上がり窓の外に誰もいないか確認したあと椅子に座りなおした。
それから彼の大きな体からは想像もできないほど小さな声で言った。
「依頼主は『親愛なる魔女の集い』だ。もちろん報酬も彼らが払っている」
「それはどういう経緯で? 国は? 帝国がギルドを介さないでそんな身勝手なことをやっている他国の組織を許すわけないでしょう。報告すれば簡単に潰せるはずです!」
「それがだめなんだよ」
「なんで!?」
「もうやめろください、ムート落ち着けろ。彼がここまで言うのはあなたの身の安全も守っているのです。それに不可解な話しほどいずれ知りたくなくても知ってしまう時がきますですよ」
私は前のめりになっていた。もしタオフーが止めてくれなかったらダンカンを傷つけていたかもしれない。
「すみません、カッとなって」
「あらあら~、予想はつきますですが、大方省庁絡みでしょう、どこの国も一人や二人売国奴はいますから」
「……なぁそんなことよりもうすぐ昼だ。こんなところで辛気くさってもいけねぇ、ムート、みんなをつれてマリアの飯でも味わってきてくれ」
「ダンカンさん」
「いいから、行ってくれ。俺も用事があるからな」
そう言って席を立つダンカンの姿は小さく見えた。




