魔導士ディーラー馴染みのメーカーから心配されるそうです。
勇者パーティーを引き連れた馬車は縦一列に並んで魔王軍幹部の根城を目指して進んでいた。
その第三馬車に乗り込んでいたのはムート失脚を勇者に促した黒魔導士とその取り巻きたちである。
「ふむ、これでようやく先代の黒魔導士と関わり深い輩たちを一掃できたか……」
「はい、これで邪魔者はいなくなりパーティーでの黒魔導士様の影響力を高めることができたかと思われます」
「そうであろうな……全ては俺の計画通り」
心の奥底でほくそ笑む黒魔導士のサリバンは、はち切れそうなほど飛び出した下っ腹でせまい馬車内にて一人だけ汗をかいている。
明るいうちから葡萄酒を嗜み満足そうに食事をとっている彼はパーティー内での発言力を増やすべく、内外部へ働きかけを行っており人知れず派閥を拡大していた。
魔導士ディーラームートのパーティー追放もそんな黒魔導士による理不尽な策略だったのだ。
「この勇者パーティーに黒魔導士の称号は二つもいらない、勇者様が魔法を討伐した暁には俺が帝国の大臣だ」
「その志しさすがでございます。そうなれば私たちも黒魔導士様に微力を尽くしましょうぞ」
取り巻きの輩たちはそのまま優雅なブランチを楽しんでいた。サリバンは葡萄酒のおかわりを命じてつまみにしていたチーズに手を伸ばす。貪り食べている最中も、その視界の先には今後の未来を見通して脳みそをめまぐるしく動かし策を練っていた。
帝国の現帝王の命により宮廷魔導士であったサリバンは異世界から転生してきた戦士と選ばれた勇者のパーティーに帯同することになる。
確かに勇者と共に魔王軍を討伐した者は帝国での地位と名誉を約束されると言われていたが、最初からサリバンにそんな野望はなくパーティーが全滅しても自分さえ生き残ればそれでいいと思っていたのだが、
まさかこの勇者パーティーが魔王軍四天王の一人を討伐してしまうとは。
しかしそうなると新しい問題が出てくる。それはこのパーティーにはあと二人も魔導士がいることだった。
このままではこのパーティーが魔王軍を討伐した暁には手柄が三等分になってしまう。いや貢献度としては自分が一番低いのだから勇者の報告によっては何も得ることができない可能性もある。
サリバンとしてはなんとしてでもそれを避けたかった。
彼は自身が実に欲深い人間だと認めているがゆえにこれからしなくてはいけないことにも躊躇はしない。
そのために選んだ手段は、二人の魔導士の暗殺である。
一人の魔導士は敵の攻撃と見せかけ葬ることができたが、もう一人の黒魔導士には逃げられてしまった。しかし結果的にはパーティーから追い出すことが出来たことから彼の思惑は完全に上手く回っている。
その証拠に勇者でさえサリバンの助言を無視できぬほど、戦闘では重宝されるようになりパーティー内での影響力は大きくなっていた。
「おい俺が合図したら止めろ」
馬の進行方向に仁王立ちする小さな人影が見える。眉に皺をよせ目を見開いてこちらを睨む女の姿に、サリバンはふんと鼻息を鳴らした。馬はずんずんと女の前まで歩いていって、わざとらしく目の前で止まった。
「おやおやだれかと思えば老舗魔道具メーカーテルノのご令嬢ではないか」
「黒魔導士サリバン様、お聞きしたいことがありますわ……ムートをどこへやったの?」
「さぁ今朝がた勇者様に追放されてから俺は見てないが」
ムートが馴染みにしていた魔道具メーカーの一つであるテルノ商会の令嬢、エルモ・テルノは今にも馬車の中でふんぞり返っているサリバンを殴り飛ばしたい思いでいっぱいだった。けれども彼女は、サリバンに文句を付けることはできない。あくまでも向こうはお客様。まして帝国からの補助金が手厚い勇者パーティーの売上はテルノ商会にとっても安易に捨てられるものではないのだ。
しかしそれも魔導士ディーラーであったムートが双方にとってしっかり利益がでるよう先代の黒魔導士に価格交渉をして得ていたもの。
魔道具の取り扱いや新商品への勉強を怠らずに仕事をしていたムートだったからこそエルモはこのパーティーに全幅の信頼を持って営業活動をしていたのだ。
そうとも知らずにこの愚民は。
ギュッと握りしめた拳に爪が突き刺さる。気づかないうちに皮膚に食い込んで赤い切り傷ができていた。
「分かりましたわ、ムートはわたくしが見つけます。ただこの値下げ要望なんですの!」
何百枚と送られてきいたものは、魔導士ディーラーを通してパーティーから送られてきた価格改定を断固却下する書類だった。
そのほとんどが魔道具メーカーの価格交渉を促す卸値の改定だった。
「これではわたくしたちの利益が少なすぎますわ、このパーティーは帝国から価格改定に対応できるよう充分な補助金を頂いているはずです!」
エルモは顔を上げ、小さく身体を震わせた。
「何を言うかと思えば……企業努力が足らぬことを我々に転嫁するとかはな」
「お言葉を返すようですが黒魔導士サリバン様。魔物の拡大と隣国、魔道王国との国交断絶により魔道具を作るための材料が高騰しております。こんな状況で値上げをしなければテルノ商会はおろか各魔道具メーカーも倒産してしまいますわ!」
「そのようだな、しかし我々にはあまり関係ない。最近では新規のメーカーも台頭してきているしな」
「だとしても、帝国からのお達しでパーティーへの補助金は去年より増額しているはずですわ。その増額分はなにもパーティーへの報酬ではなく、その分を医療・回復費にあてるのためのものと認識と思っておりましたが?」
「ふんメーカー風情が生意気に、補助金があるとはいえパーティーの運営には金が要るのだよ。特に人件費。大して成果もあげないあの魔導士ディーラーのようにな。いい加減黙ってこの金額でディーラーに卸せ」
「しかしそれでは帝国が定める償還価格が下がってしまいます。それに補助金の着服になるのではなくって?」
魔王軍との戦いにて治療を目的とした魔道具の消耗を一部帝国負担にして請求できる制度がある。例外を認めず二年に一度の価格改定がなされるのだが、一般的にその場合は元の金額よりも安くなる場合がほとんどである。その理由として契約を取りたいだけの魔導士ディーラーによるパーティーへの卸し価格改定により値下げが日常的に行われているのだ。
「それを言うなら新しい魔導士ディーラーに言うべきだ。第七馬車にでもいるから顔を出していかれよまぁ無駄だと思うがね、それが嫌ならまた新商品を持ってくればいいだけのこと、老舗メーカーテルノなら容易いことであろう」
勇者に価格交渉はしないと遠回しに言われたのだとエルモは悟り、苦虫を嚙み潰したような顔で頭を下げ後ろの馬車に向かった。
その後ろ背中を眺めたサリバンは己の嗜虐心を満たし、満足げな顔をして再び馬を歩かせる。
通り過ぎる馬車のあとにはエルモの不甲斐なさからくるすすり泣きの音だけが響いていた。
あれだけ世話になったムートを助けることが出来ず、パーティーから追放されたこともここに来るまでは知らなかった自分に腹が立っていた。
「……ムート、あなたは今どこにいますの?」
立ち止まってから思い出すのは、熱心に魔道具の性能を先代黒魔導士に伝えるムートの真剣な表情だった。
彼と出会ってから三年。最初の出会いもエルモはよく覚えている。この世界とは別の世界から来た『転生者』でありながら特別な力を持たず、それでも生きることを諦めなかった、不屈の魔導士ディーラー。帝国から見捨てられながら、魔導士ディーラーの職につき数多の勇者パーティーを渡り歩いた異色の異世界転生者だ。だがそれは親しくなってから教えてもらったことで、エルモがムートを慕うようになったのはまた別である。
帝国建立前から創立しており今年で三百年の歴史を持つテルノ商会の令嬢の一人である自分と対等に接し、時には厳しく叱ってくれる。
ビジネスパートナーとしてだけではなく一人の人間として成長させてくれたのは他でもないムートだった。
――ムートが積み上げてものはわたくしが守りますわ。はやく彼を見つけ出してテルノ商会へ連れて行くのです。
魔物がそこら中にいる外界をうろついているかもわからぬ彼のことを思うと、エルモは気が気ではいられなかった。
「お嬢様いかがでしたか?」
「ダメでしたわ、話にすらなりませんでした。お父様にはわたくしを担当から外すようにとお伝えください」
「かしこまりました、旦那様にはそうお伝えします」
「それとあと一つ、優秀な人財をヘッドハンティングしてくるとお伝えくださいまし」
エルモはそれだけ付き人に伝えると煌びやかな馬車に乗り込んだ。
勇者パーティーと逆方向に進むエルモの目に林に隠れたスライムたちの姿が見て取れた。
普段は青いスライムだが全身は薄緑色に汚れており、勇者パーティー最後の馬車が目の前を過ぎるのを観察しているようだった。
単体最弱と呼び声の高いスライムが徒党を組んでパーティーの偵察なんて聞いたことがない。
魔物たちの行動は勇者が四天王の一人を倒してから明らかに変化していった。
「嫌な予感がするわ、ムート無事でいて……」
魔物との戦いで多くの犠牲者が出る光景を想像し、エルモは身震いする。
しかし現実は、彼女の思惑とはまったく違っていたのである。