魔導士ディーラー 異変に勘づくそうです。
ゴブリンの背中が離れていく様に私はパニックになっていた。喧嘩に負けそうになる子どものように顔をしわくちゃにして手を伸ばす。
「メディー!」
咄嗟のことで叫ぶことしかできない。鋭い爪はむき出しになってメディーとその子どもに襲い掛かっていく。
「メディー!」
「おやおや、ひどい顔ですねムート」
突如、聞こえたささやく声は風のように目の前を駆け抜けてゴブリンの背後をとらえた。
「ギャス?」
次の瞬間、ゴブリンの声が響いていた。
ぶちっと鈍くちぎれたような音が森にこだまし、四方八方に緑色の液体が飛び散る。
「心臓を握りつぶされた音、ムートは初めて?」
「あぁぁぁぁ」
リーダーのゴブリンを右手一本で串刺しにしたタオフーが、悠々とした足取りで現れた。
返り血だらけのその怖すぎる質問に私は頷くことも首を横に振ることもできずに腰を抜かす。
「ウガァァァ……」
リーダーのゴブリンは体をぴくぴくさせながら何が起こったか分からないようだ。
短い悲鳴を発してタオフーに視線を向けている。
「まだ生きてるの?」
そう言って微笑むタオフーにゴブリンのリーダーはこの世の終わりのような表情をしてから白目を向き息絶えた。
地面に投げ捨てられたゴブリンのリーダーの表情は今から獲物を凌辱する気満々の汚らわしいものから家畜の豚が処理される一瞬の断末魔のような顔だったのだ。
「メディーちゃん怪我はないかしら」
そう言ってメディーに微笑みかけているようだが、タオフーは呆然と見つめるだけで辛うじて首を縦に落としたように見えた。
「あ~あぁ、服が汚れてしまったから町についたらクリーニングと新しい服が欲しいのだけれどいいかしら」
はにかむタオフーとは対照的に私は自分の判断を悔いていた。
タオフーが来てくれなかったら確実にメディーと子どもはやられていた。
「好きなだけ買っていいよ、とにかく助かりました」
私は深々と頭を下げ、気を入れなおすとメディーの元へ駆け寄った。
「メディー大丈夫か?」
「はぃ、でもこの子が」
子どもはメディーに大事そうに抱っこされながらぐったりと瞼を閉じている。どうやら女の子のようだ。
「傷口が塞がなくてぇ、ムートさん治療蟻ってまだありますかぁ」
「あぁ。それならまだたくさんある」
リュックサックから治療蟻のカプセルを取り出して彼女の体を這わせる。ずたずたに裂かれた衣服の下には細かな傷口が無数にあるようだ。
「発!」
気合を入れて蟻の顎以外を爆発させあとの治療をメディーに任せたがどうも気がかりだ。
ゴブリンの性質上、エルフや人間、他の種族のメスを狙って自らの子を孕ませようと自分たちの根城まで誘拐する事案はときどき起こるから理解はしている。そもそもそう言った事件に巻き込まれるのはやつらのテリトリーに足を踏み入れた冒険者や村や集落を追い出された者が圧倒的で小さくてもコミュニティを持つ者にはあまり手をださない。しかもこんな幼い子を襲うなんて今までの事例で聞いたことがなかった。
「ムート大丈夫ですか?」
「大丈夫です。タオフーダメージは?」
「無問題それより急ぎましょう」
「えぇ」
予期せぬ魔物の遭遇といいドラゴンといい得体の知れない何かが森に起きているのは確定したが、もしやヨダカの町にも起きているかもしれない。




