魔導士ディーラー 罠にはまったそうです
「シッ」
タオフーは短く息を吐き私たちに向かって声を殺すようにジェスチャーした。
足元に転がった一体のゴブリンの頭をなじるように踏みつけると草むらや木の陰からぞろぞろとゴブリンたちが姿を現す。
――モンスターハウス!?
私たちは敵を倒すことに集中しているうちに知らず知らず彼らの住処を荒らしてしまっていたのか。
「いいえ、そうでもなさそうですよ」
タオフーが指を向けた方角には一体のゴブリン、ただ他の個体よりも若干大きいし瞳の色も違う。あれがこの群れのリーダーか。
「罠にはまりましたかね、彼ら下級魔物のくせして優秀ですよ」
タオフーはそのどこか朗らかな切れ長の双眼を細め小さな両掌を合わせた。
集中力を高め終わってから合わさった両拳が開かれると、その拳の間で金縛りにあったような緊張が身体に走った。
「さぁ下等生物のみなさんまとめてかかってこいください。一瞬でやっちゃいましょう♪」
楽し気に口走った彼はゴブリンの亡骸をさっきよりも強く踏みしめて屈辱を与え始める。しかし周りを囲んでいるゴブリンたちは歯を食いしばり怒号をあげながら威嚇するだけでその場を動こうとしない。
「きえぇぇぇぇ!」
獰猛なゴブリンたちがまるで鎖につながれた飼い犬のようだ。
彼らにも危険を感じるくらいの知能はある。魔物相手でもタオフーの威圧感は伝わるらしい。
「あら♡ うるさいですね……自分から黙るのと喋れなくなって黙るのどちらが良いですか? さっさと選べろください」
だからといってタオフーは凛然とした雰囲気を和らげることもせずゴブリンたちを見下ろす。
タオフーが醸し出す達人の雰囲気に、リーダーのゴブリンはギャっと怯え上がりぶら下げていた右腕をあげた。
「ムートさぁん!」
メディーが指をさして叫んだ。
「あぁ」
私にもはっきり見えた。
リーダーのゴブリンが咄嗟に上げた右腕に繋がれていたのは人間の、それもまだ子どもの腕そのものだった。
「グァー」
リーダーが唸りを上げ背中を向ける。その瞬間、立ち止まっていたゴブリンたちが一斉に襲い掛かってきた。
「タオフー!」
電撃の弾ける音が響く。閃光が目を焼くような連撃を受けたゴブリンたちは空中で白目を向いて絶命していく。
だがゴブリンたちはいくら倒しても湯水のごとく土の中からあふれ出てくる。
しかしそんな大量のゴブリンを前にしてもタオフーの呼吸はまったく乱れない。それよりも体の動作を確かめるように攻撃の手を休めないでいた。
「ムートさぁん、私あの子を助けたいですぅ」
まだおぼつかないままの足を叩きながらようやく立ち上がったメディーの声は心もとない、がさきほどよりも決意を感じる。
「しかし……」
「ムート行きなさい、ここは私が請け負います」
「タ、タオフー。いくらあなたでもこの数は?」
タオフーの提案に躊躇する。下級魔物とはいえ獰猛なゴブリンだ。しかもこれだけの数を相手にサポートなしでは無謀だ。
「フフっ無問題、それに魔導士を守るのがあなたの仕事でしょう」
敵の攻撃を受け流しながら顔だけこちらを振り向いて笑った。
「行きなさい、道は私があけるます!」
タオフーは右の手の平を大きく広げるとそこから大量の魔力を放出させ衝撃波を発生させた。
「ウキャキャキャ」
ぶっ飛ばされたゴブリンたちは血反吐を吐きながら地面に叩きつけられる。無法地帯であった目の前の道がまっすぐに開かれた瞬間だった。
「タオフーありがとう、行こうメディー」
「はぃ!」
小さいながらも力強い声に私はどこか嬉しい気持ちになる。
不器用で弱虫でドジな面もあるけど、傷ついた人を助けたいと思う魔導士としての根本的な部分をメディーは失ってはいなかった。
「さて……これで心おきなく殺れるネ♪」
不格好な足跡を追って私たちはゴブリンの群れを駆け抜けていく。




