魔導士ディーラー 契約を交わすそうです①
「どうやってそんなに強くなったんですか?」
雲が朗らかに形を変えながら過ぎていくのを眺めながら純粋な疑問を尋ねた。
「簡単なことですよ、怒りを覚えたこと、つらく感じたこと、悲しく思ったこと……その時に出会った憤りの感情を決して忘れないため全て日記に記す。たったそれだけで強くなれるのです」
「マイナスな感情ですか?」
顔だけを上げ突っ張った笑顔を浮かべると、タオフーは難しく強張った頬を窮屈そうに曲げ皮肉ったらしく言った。
「ムートが家畜のように強者に狩られるまでの刹那をただ生きたいのなら、嫌なことや都合が悪いことは忘れてしまっても無問題。しかしムートが一流を目指すなら怒りや悲しみは成長の起爆剤になるですよ。その反対に楽しかったことや嬉しかったことはすぐに忘れろください。あれは味わうものであって振り返るものではないから……」
「しかし、それではあまりにも……」
「ムートは、自分よりも弱く尊い存在を守りたいと思ったとき、果たしてあなたは弱い自分を受け入れることができますか?」
私の顔を見下ろしてタオフーは自虐めいた笑みを向ける。
「弱く尊い存在……」
真っ先に脳裏に浮かんだのはメディーのことだった。あの時ドラゴンから身を挺して彼女を守ろうとしたが、もし私が死んだ後でメディーが他の魔物に襲われていたら……。
今回のようなことは二度、三度おきてくれるわけではない。
メディーの魔導士としてのキャリアと彼女の笑顔が奪われることは、あってはならない。
それは自分の信念を曲げることになってもだ。
私は擦り傷だらけの体を労りながら立ち上がりシャツについた砂ぼこりを払った。
それからタオフーに頭を下げ、
「タオフー、私にメディーを守れるほどの武術を教えてください」
「無問題、ただ条件があるですよ」
両手の人差し指と親指同士の腹を重ねてひし形を作った。
「私に魔法石の加工技術を教えろください。あとこれも」
あと人差し指と親指で丸を作る。文字通り現金な人。ただ私にはタオフーがお金を要求してくると予測はついていた。しかし魔法石の加工技術とは考えもしなかった。てっきり魔法石そのものを要求するものだと思っていたのだ。
「お金に関してはいいですよ。ただ魔法石加工技術の会得は約束できないかもしれませんが、魔導国に行くまでの資金は用意します」
「おや、どうして魔導国だと?」
なんの脈略もなく出てきた魔導国というワードにタオフーは表情を変えた。
私は意図せず彼のにやけ面を崩せたことに満足しつつも続けた。
「マンドラゴラの葉を使った料理は魔導国に伝わる治療食。現在、魔道国と帝国は魔王討伐をどちらが先に制するか躍起になって、お互いに情報を開示しないから滅多にお目にかかることもない。だからタオフーが魔導国で召喚された転生人だって分かりました。それにあなたが偽名を使わないところを察すると魔王討伐の勇者パーティーに属している可能性が高いですから」
自信満々に語る私をタオフーはやれやれといった風に肩を竦め再び笑った。
「フフフ、四十点といったところですかね」
差し出してきた拳を拳でぶつけて契約は完了した。さっそくでも出発したいが彼はとことこと玄関に歩いていってしまう。
「ただその前に腹ごしらえです。武術の基本的な動きを理解するのは時間がかかりますからね」
「準備なら手伝いますよ。それに魔法石加工もなかなか難しいですしね」
お互いにちょっととげのある言い方をしてから可笑しくなって笑う。
私たちは互いに承諾して部屋に戻っていく。
メディーを起こすのは昼食の準備ができてからでも良いだろう。気持ちよく寝ている彼女を無理やり起こすのは残酷だから。




