魔導士ディーラー すんなり諦めるそうです。
巨木の枝がざわめき、四方から魔物の逃げ惑う足音が聞こえる。その要因になっているドラゴンが舞い降り漆黒に染まった瞳をこちらに向けた。
深い、どこまでも深い。
まるで底知れない闇を感じさせる深淵の瞳。
睨まれた私は体中の穴という穴から気持ちの悪い汗をふきだしてその場で固まってしまった。
弱者としてではなく、人間の遺伝子に古来から備わっている本能がいますぐ避難しろと警鐘を鳴らす。
しかし腰から下が震え自分の意志では足の指一本も動かすことが出来ない。
蛇に睨まれた蛙。とはこういうことを言うんだろう。
「あわわわぁ」
メディーの口が痙攣している。
スキルとか才能とかじゃない、これは恐怖。目の前に死という敗北が現れたら誰だってこうなる。
今まで見てきた魔物とは比較にならないほど巨大な体はその翼を完全に広げれば全長は巨木を超えるだろう。
大地を踏み鳴らした両脚は下敷きになった魔物をいとも簡単にぺちゃんこにしていた。
ドラゴンは大きく口を開く。
健康的な白い牙を見せつけるように赤く染まった口腔を天に向ける。
――まずい。第二波がくる。
私は右手の親指の骨を勇気を出して噛み砕く。
「うぐぅ!」
突発的な痛みのおかげで恐怖の呪縛から解き放たれた体が動いた。
「ぶおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっぉ!」
その遠吠えは威嚇というより厄災に近かった。
咄嗟にメディーの両耳を塞いだが、遠吠えが引き起こした空気の振動をもろに喰らった私は全身を鉄球にぶつけられたような衝撃を感じる。
「ぐはぁ……」
気が付けば倒れ込んでいた。メディーは何か言っていたようだが音が一切聞こえない。
「ハハハ、鼓膜をやられたぁ」
もう笑うしかない。その笑い声も自分じゃ満足に聞こえないけど。
巨大すぎる力の前では、頭が馬鹿になるらしい。あぁ面白くってしょうがない。
「メディー、私の傍を離れるなよ!」
自分の声すら聞こえないからしっかりメディーに伝わっているか分からないけど、これだけは分かる。
二度目の人生の終わりが近いこと。
『例え命を落とすことがあっても魔導士を守れ、それが魔導士ディーラーの仕事よ』
――師匠、最後にあなたの教えを真っ当できそうです。
耳にタコができるほど聞いた師匠からの教えだった。最初は何を馬鹿なことを思っていたけど。
『魔導士ディーラーは魔導士を守って命を落としたら本望、あなたもそう思う魔導士様に出会えるといいね』
――師匠。あなたに出会ってからいろんなことがあったけど、そう思える魔導士様にようやく出会えた気がする。あとさ……こっぱずかしくて言いたかないけど。結局、俺も師匠と同じ根っからの魔導士ディーラーだったって分かって良かったよ。
「ムートさぁん」
私はメディーに覆いかぶさると身体全体で彼女を包み込んだ。




