魔導士ディーラー来た道を引き返すそうです。
「契約破棄ってムートさんどうなるっすか?」
「どうにもならん、追放された挙句に置いてかれた……助けてくんないベルリーさん」
「置いてかれたって……」
遠くにいる相手を投影して会話ができる魔道具、アップルフォンⅪによって映し出されたベルリーは危機的上級に絶句する。
「そういうことだから当分勇者様への新商品紹介は私からはできない。すまないな」
「それは全然大丈夫っすけど……」
こんなときに限って魔道具メーカーから連絡が入るものだ。新商品の提案に勇者様へ仲介してほしいとの要望は今の私に叶えて上げることできない。
私は途中自分の不甲斐なさから歩くのを辞めて近くにあった小岩に腰を下ろした。
「それより今どこなんですか?」
「分からない、でも来た道を戻っているからあと数日もすればギルドに帰れるはずだ」
「数日って死にますよムートさん」
深刻な声色で心配してくれる彼女は魔道具メーカー、グットマン商会で働くベルリー。
ベルリーは私と一緒に勇者様や魔導士に新商品の提案や実際に現場で魔物の討伐をサポートした戦友の一人であり、良きビジネスパートナーである。
「ちなみにどんな商品が出来たんだ」
「そんなことはどうでもいいっすよ! とにかくはやくヨダカのギルドへ向かってください、そこで一度ボクとおち合いましょう」
「あぁ分かったよ。無事に着いたらその時は入社テストを受けさせてくれ」
「分かりましたっす。上司に伝えとくんで、とりま一次試験はヨダカのギルドまで生きて戻るってことでよろしくっす!」
「ありがとう。じゃあ幸運を祈っておくれ」
「うっす、ムートさんに幸あれ!」
通話が途切れた私は大きくため息をついて再び歩き始めた。
帝都と経済特区以外の街には常に魔物の襲撃に晒されている。そのため各村や街には必ずギルドがあり、小遣い稼ぎの冒険者や経験値稼ぎの勇者様、ハンターらがクエストクリアの名目で護衛をしていた。当然フリーランスのディーラーも待機しているがその日限りの契約では到底暮らしてはいけない。それに魔王軍を討伐する大儀がなければ魔導士ディーラーなどパートナーにおいて重要視されていないのだ。
しかしそう思われていたのはたしかここ二、三年ぐらいまでであった。
ここ数年、出没する魔物が明らかに強くなってきている。もっと詳しく言えば賢くなっているのだ。
最前線で戦う勇者様を近くでみてきた私には、その事実を肌で感じることができた。
最弱のモンスターのスライムですら徒党を組んで集団で攻撃するバリエーションが増えたし、ゴブリンですらパーティーにおいて誰を倒せば弱体化できるのかを考えながら攻撃をしてくる感覚がある。
行方不明のパーティーが増加傾向にある中で一度も問題が起こらなかったのは、あのパーティーが優秀だったからに違いないが、今はもういない。
私はリュックサックから魔法石を一つ取り出して魔力を注ぎ込んだ。ステータスオープン、潜伏スキルレベル1が発動を確認。やれやれさっそく貴重な魔法石の一つをこんなところで使ってしまうとは我ながらビビりである。
役目を終えた魔法石は淡く光ったあと空気に同化して跡形もなく消えた。
今では容易に加工できる魔法石も最初は作るのに随分苦労したものだ。私は急ぎ足になって足跡を深く残さないように昔のことを思い出していた。
先代の黒魔導士様は私にとってとても良い人であった。深い知識と臨機応変な対応で幾度となくピンチを救い魔導士ディーラーの私にも魔道具の扱いや魔法石の活用方法まで丁寧に教えてくれた。
そのおかげでこうやって追放されたあともパニックにならずやり過ごそうと思える余裕ができている。実際に林や地中からモンスターが姿を現す気配もないし案外このままあっさり帝都までついてしまうかも。
そうやってやるべきことがはっきりすると物事の全体像が見えるようになる。
いつから勇者は帝国からの補助金に執着するようになったのだろう。そもそも金勘定に興味がなく夜の街にも繰り出さない真面目なお方だったのに。
そう言えば最近はパーティーに出入りしていた業者もとっかえひっかえでバトルマスターや僧侶なんかも求人をだしていた。他の魔導士ディーラーに訊ねてもこんなことになっているのはどうやらうちのパーティーだけらしく、他で似たような話は聞いたことがない。
もしかしたら勇者様のパーティーで、何かが起こっている。いや何かが起こったあとだったかもしれない。
ギルドがある小さな街『ヨダカ』に続く道の中で最大の難関である場所がある。
それがここ「迷いの樹海」だ。全長二十メートルを超える木がそこら中に生い茂る魔物たちの楽園。そう呼ばれているのには理由があって巨大樹が発する特殊な磁場により魔力コントロールが乱れて魔物有利な戦闘になることが多いからだ。
そのためギルドのクエストでは遭難者の救助要請が多いことで有名である。まして夜になれば魔物は凶暴化して戦闘力があがってしまう。そうなれば私の力でこの森を突破するのは不可能。幸いまだ陽は高い今からならぎりぎり日没には森を抜けることができるだろう。
だが念には念を。
私は残り六つになった魔法石をリュックサックから取り出し手の平で魔力を流した。ステータスオープン、地獄耳スキルレベル1発動を確認。
潜伏スキルに合わせて、地獄耳スキルを発動した私はもはや魔物にとって透明である。どんなに遠くから私を狙っていようがスキをついて地中から攻撃しようが半径五キロ圏内の物音、殺気手に取るように分かってしまう。
私は森の中に足を踏み入れると両耳に両手を近づけ索敵を始めた。ここから三時の方向に咀嚼音を立てるスライム、吸血コウモリの羽ばたき、十二時の方向に泣き叫ぶ少女の声。すべて手に取るように分かる……んっ少女の声?
「まさかな」
続け様に魔法石を使用した。ステータスオープン、地獄耳スキルレベル2が発動する。
「……おいへっぽこ魔導士べそかく前に回復魔法を唱えろ、はやくしろ全滅してぇのか!」
「ごめんなさい、魔力が上手く練れなくてぇもう少し時間を……」
「ふざけんじゃねー、落ちこぼれのお前にいくら払ってると思ってんだ! さっさと回復させねーと風呂屋に売り飛ばすぞ!」
私は声がする方向に足先を向けた。おそらく敵はゴブリン。しかも数が圧倒的に多い、屠っても屠っても湧いて出る敵にパーティーはじり貧状態であった。
どうりで魔物が私の前に出てこないはずだ。彼らは完全にモンスターハウスに足を踏み入れてしまった。
……まぁ、でも私には関係ないし。
なんなら彼らが敵を引き付けてくれているおかげで私は日没までに森を簡単に抜けることが出来る。これはこれまで頑張ってきた私へ神が贈った幸運であろう。
『そのときのあなたに誰かを助けることができる力があったなら迷わず救いの手を差し出しなさい』
不意に黒魔導士様のお言葉が思い出される。
魔法石はあと四つ、体内に蓄えた魔力は底知らず、治療用の魔道具は治療蟻が数百匹に消毒液を含めた消耗魔具品数点か。
――どうする、魔導士の腕次第でどうとでも戦況をひっくり返すことができるが、どうする……
「助けてぇ、誰か助けてくださぁい!」
あどけない少女の声に私はリュックサックから魔法石を乱暴に引っ張り出した。ステータスオープン、韋駄天スキルレベル1発動を確認。
「助けに行けばいいんだろ、黒魔導士様!」
今から飛ばせばぎりぎりで間に合う。
しかしそれまでに魔導士が攻撃を受け戦闘不能になってしまえば巻き添えを喰らい私も彼らと共に死ぬ。
これは賭けだ。
そして一応言っておこうさらば、我が人生。
散々なことばかりだったけど……そこそこ悪くはなかったよ。