魔導士ディーラー 朝のお役目を再開するそうです。
魔導士ディーラーの朝は早い。
心と一緒に名実ともに晴れて野良ディーラーとなった私の朝は、空を突き刺すようにただずむ巨木の隙間から太陽が顔を出すよりも早く始まっていた。
静まった森の龍脈で目を覚ました私はぴったり背中に密着して眠っているメディーに名残惜しさを感じつつ彼女を引き離しすぐさま身支度を整える。
川の水で顔を洗い、その水を喉の渇きが収まるまで飲む。昨夜に負った口の怪我に気をつけたが、不思議と痛みはなかった。適当に底の石ころを拾い、新しく始まった一日に挑むように深呼吸した。
「さてと、やるか」
メディーを起こさないように頬を叩いて、静かに歩みを進める。
私は川を渡り中州にある巨大樹の根に腰をかけながらその幹に触れた。
「少し魔力を補給させていただきます」
頭を垂れながら大自然に感謝を込める。
すると川の水に冷やされた風が通り抜け、呼吸と同時に清々しい空気が身体に流れ込んだ。
巨木の影から小さな魔物たちが活動を開始していた。
幹から魔力を抽出しながら眺めていると、丸鹿のこどもがキョトン顔でこちらを眺めていた。
丸鹿は前の世界でいうところの豚のように丸まる太った鹿のような魔物で大人になるとその頭には立派な角が生える。
村や町では農作物を荒らす害獣としてギルドの駆除クエストの対象だが、大人になり繁殖期を迎えた丸鹿の肉をはよく肥えていてこの世界の三大珍味に数えられていた。
ただ繁殖期の丸鹿は警戒心が強く、特にオスはメスへの求愛行動でまんまるに超えた体でむちゃくちゃなスピードで転がるからひかれたら即死だ。
捕獲レベルも高いので上級ハンターか熟練の冒険者しかクエストを受けられないが、いつか食べてみたいものだ。
「やぁおはよう」
軽く手を挙げると、丸鹿は黒い目の玉を輝かせてゆっくりと川へ向かって歩き始めた。
丸鹿は基本的に憶病で人間族に対して警戒心が強い魔物であるが、こどもの丸鹿は比較的温厚で全般的に知能が低い。だからこどものうちに親を亡くしギルドや魔物調教師に保護された丸鹿はペットや使い魔として契約を交わすことが稀にあるほどだ。
「一日ぶっ通しで加工して三十個作れたら上出来だな」
私は川から拾い集めた大量の石ころを魔力で研磨する。
やれやれ黒魔導士様と袂を別れてからパーティー内で孤立してたからすっかり独り言が癖になってしまったなぁ。




