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魔導士ディーラー 慣れないことにチャレンジするそうです②

 彼女がローブを纏って出て来た時に料理はすでに出来上がっていた。


 タンパク質は足りないけどデザートはあるし、調味料はないけど龍脈でとれた素材は魔力が多いから体にはとても良いはずだ。


 私は横へ座ったメディーに鍋を盛った。即席で魔法石を使って作った土鍋や食器だ。あいにく一人分しか作成できなかったので一緒に鍋をつつくことはできないが、腹ペコの少女よりも先に腹を満たすことなんて私には苦行の他ならない。


「あのぉムートさんは?」

「私はメディーの後にいただくよ」

「そ、そんなぁ私なんてぇ最後でいいですぅ、残飯処理しますぅ」


 盛られたお椀を突っ返す。私はそのお椀を受け取ることを拒否した。


「私が良いと言ってるんだ、言うことを聞かないと怒るぞ」

「ひゃぅ、お、怒らないでくださぁい。た、食べますぅ」


 ちょっと眉間に皺をよせて苦笑しながら注意をすると彼女は背筋をピンとただして不器用な笑顔を見せた。


 息を吹きかけながら小さな口を開ける。


「あたたかくて美味しい」

 つぶやいてあっという間にお椀をかきこんだ。


「おかわりはいかが?」


 空になったメディーのお椀を取り上げて山盛りにして渡す。


「あ、ありがとうございますぅ」


 頭を下げてお椀を受け取ってくれた。今度はかき込まないで味わいながら食べ始める。


 きっと満足にご飯も食べさせてもらえなかったんだろうな。


 私は果物をかじりながらそんな不憫な少女に同情していた。


 それからメディーとの会話はなく私は黙々と食事を進める彼女の姿を眺めていた。


 ――師匠が初めて私に夕飯をふるまってくれたときこんな気持ちだったのかな。


 まるで親にでもなったようなそんな気分だった。


 転生され異世界にやってきて半年が経った頃だった。勇者としての才能に恵まれなかった私は宮殿から追い出され、帝都の片隅で物乞いや盗みを働いてなんとか命を繋いでいたのだ。


 人間としての尊厳や権利を奪われた私は奴隷にもなれずに二度目の死を選択しようとさびついた短剣をのど仏に押し付けたその時だった。


「バカな真似はやめて、あなた二度死ぬき?」


 剣先を掴みそのままへし折った女性こそ、私に魔導士ディーラーとして生きる道を説いてくれた師匠その人だった。


 




 夕食を終えた私はメディーを寝かしつけたあと黙って夜空を見上げていた。


 日中に石ころや岩から加工した魔法石は5つ。それから3つ使用してスキルを発動させたから……明日は急ピッチで魔法石を加工しなくてはならない。


 龍脈は凶暴な魔物が寄り付かないとは言え、魔物が住まう森にいつまでも野営をはるわけにはいかないのだ。


「さて」


 私は横になって瞼を瞑った。


 夜の魔物は理性よりも本能を頼りに徘徊するからおこした火はそのままにしておいた。 


 それでも万が一という場合があるので私は残り一つの魔法石を残してスキルを発動させる。


 ステータスオープン。危険感知レベル1を確認。


 これで熟睡しても私とメディーがいる円の中で動きがあったり、外から円に踏み込んだ魔物をすぐさま感知することができる。


 背中に暖かさを感じながら、私の意識は朦朧としていた。


 追放されてからまた三日も経ってないのにこんなにも前途多難でこの先やっていけるのだろうか。


 ギルドにさえついてしまえばベルリーと合流して、帝都に向かってそのまま魔道具結社グットマンの採用試験を受ける運びになるだろう。


 試験は面接と実技だけだからベルリーからの推薦をもらえれば十中八九採用される……と思う。


 問題はメディーだ。


 彼女の人生に関わってしまったものとして、途中でメディーを見捨てることはできない。


 彼女のことを大切に仲間として認めてくれるパーティーを探してあげなければ。 


 ギルドに行けば有力な冒険者や勇者一行が何人かいるはずだ。


 私の使命は彼女を素晴らしいパーティーに加入させることと、欲を言えば魔導士のキャリアを復活させてあげられたらいい。師匠が私をそうしてくれたように。


 いつの間にか私もメディーにそんな感情を抱いていた。


「魔物?」


 私は横になりながら瞼を開く。


 円の中に動きがあった。


 最初はメディーがトイレにでも起きたのかと思ったが、微力ながら私たちとは異なる魔力の感知をした。それは川の方へではなく明らかに私に向かって近づいて来ている。


 私はポケットから魔法石を握りしめた。


 攻撃可能範囲に敵が足を踏み入れたら鉄拳スキルを発動し先制攻撃を決めるつもりでいる。

 ――今だ!


 私は魔物の顔前に拳を突き刺そうと短いモーションから振りかぶった。



「ひゃ!」


 渾身一発を喰らわすよりもはやく女の子の叫び声が鼓膜を揺らした。


 私は自分の拳を右頬にぶち当てて止めその衝撃で吹っ飛んだ。


「あわわわ」

「……メディーか?」

「はぃ」


 私は唇から流れる血を右手で抑えながら膝をつき顔を上げた。


 背後の炎に照らされて薄暗いがはっきりとそこに人影が見える。


「こんな夜更けにどうしたんだ……」


 人影が動いて唐突に私の唇を塞ぐ。


 私は何が起こったのか分からず呆然と彼女を見上げた。しかし瞳に映った彼女の姿は数時間前にそれとは明らかに相違している場所があった。


「メディーなのか? 魔力が……どうして魔族のオーラを纏っている?」


「ごめんなさぃ、私……純粋な人間じゃなくてぇ……混血種なんですぅ。感情が高まるとこんな目になってしまうんですぅ」


「混血種」


 聞いたことがある。主に奴隷に多い種族だ。性奴隷が子を孕み、その子どもたちがいろいろな種族と交わることによって作られる近代文明が生んだ負のハイブリット。


「あのぉ、だからそのぉ」


 しどろもどろになりメディーは私の前でローブのボタンを一つずつ外して完全に脱ぎ捨てる。


「私ぃムートさんになにもお礼をあげられなくてぇ、でもぉみんなが喜ぶことはよく知ってるんですぅ、だからムートさんが喜んでもらえるなら……」


 その声は彼女が固めた覚悟とは正反対にいささか迫力にかけていた。混血種。まさか魔導士のメディーが。


 よく見れば膨らみかけた胸の突先は恥ずかしそうに震えその頭を隠している。つい見惚れてしまった私は我に返って頭を被り振ると両手で視界を覆った。


「ムートさん?」


 私の血が滴れたままの唇が指と指の隙間から見え隠れしていた。


 初めて会ったとき――、一番印象に残ったのは唇だった。なにか男好きそうのしそうな、少し品のない唇だとも、実は思っていたのだ。 




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