魔導士ディーラー 死を覚悟するそうです。
「いつからだ? いつからこんなひどいことをやっていた?」
「この世界に来て少し経ってからだよ、精神操作系のスキルって魔族討伐には向かないからって勇者のパーティーを追い出されてから本格的にね」
赤魔導士の身体を貫いた武器が額に触れる。もはや痛みも感じないほど血の気が引いていた。
「だからって腹いせにこの世界の人たちを不幸にして良いどおりはない」
「その理屈が正しいならどうして転移前の世界で俺たちは悪戯に搾取され不条理を押し付けられていたんだ」
「そ、それは……」
上手く答えることが出来なかったのは、体の自由が利かなかったわけじゃない。
「この世界に転移したってことはあんたも自ら命を絶ったくちだろう、あの世界に絶望したあなたが特権を得ながらなぜ有効に使わない?」
「そ、そんなことをしたら私たちが嫌っていた人間と同じになってしまう」
「その結果がこれかい」
ニーダはあたりを見回してほくそ笑んだ。魔物に蹂躙されながらひとり、またひとりと倒れていく戦士たちの断末魔が聞こえてくる。
「結局どの世界も力をもっているやつが自分たちに都合の良いルールを作り弱いものに従わせる。これで成り立っているんだ、力を持った側になって初めて気が付いたよ、こっち側の生活は楽しい」
「違う、それは本当の力の使い方じゃない」
「なに?」
「……力を持つものは力を持たないものを助け、ともに生きる勇気を与えるんだ。ニーダお前は知らないだろうが、人を助けて感謝されることは誰かを支配し従わせるよりもずっと簡単で、ずっと楽しいんだよ」
「俺に説教か? 死にぞこないの分際で?」
しゃがみこみ私の髪を乱暴に掴み上げ静かな怒りを込めて言葉を続けた。
「お前が言う世界が正しいならどうして争いが起きる? 人は正しくないから人なんだよ」
刃がうなじをなぞったとき私は今度こそ本当に終わることを悟った。
「やめてください! これ以上ムートさんを傷つけることは許しません!」
「めでぃぃ」
目の前で赤い血が垂れている。赤魔導士様の治療にあたっていたメディーが私に向けられていた刃を握っていた。
「ほう、ずいぶん慕われているようだね」
少しずつ押されていくメディーの小さな両手から滴り落ちる。
「ほらきみが頑張らないと彼の首が落ちるぞ」
「ぅぅぅうぅぅう」
「メディーもういい、やめてくれ。頼むから逃げてくれ」
「に、逃げません」
か細い声で彼女が叫ぶ。魔力もほとんど残ってない、こんな状態でまだ私たちが生きているのはニーダの怠慢でしかないのだ。
しかしそれもいつ心変わりするか分からない。
「いい加減にしろ! さっさとここから逃げろ! 私に魔導士を殺された汚名を着せるつもりか!」
「いやぁ泣けるね」
最後の力を振り絞って出した声はニーダの嘲笑にかき消された。
私は言うことを聞いてくれないメディーに苛立ちながらニーダを睨みつけることしかできない。
「笑えるなムート、正しいことをしてきた人間の最後がこれというのは」
「黙りなさい! あなたにムートさんを嗤う資格なんてないですよ!」
メディー金切り声にニーダは一瞬だけ腰がひけていた。完全に力が抜けその証拠にメディーの力でも刃をはねのけることができた。
「ムートさんは弱くて役に立たない魔導士の私を助けてくれました、魔導士ディーラーとして多くの人を陰から救ってきたムートさんはあなたの百万倍すごい人なんですぅ!」
「めでぃー……」
目の前がぼやけ始めたのは意識が曖昧になり死に近づいたからではない。私は涙を流していた。この瞬間自分が今までやってきた仕事や行いが間違えではなかったと実感できたのだ。
「そうか、ならば二人で死ね」
――ステータスオープン、鉄拳スキルレベル3発動を確認。
ポケットに隠し持っていた逃走用の魔法石を握りしめ気力で立ち上がる。ニーダの懐へ一気に距離を詰めるとその小汚い笑みを浮かべた顔をめがけて拳をかちあげる。
「ベルリー!!!」
隙をみて潜伏スキルで隠れたいたベルリーがメディーの腕を掴んだ。
「緊急ワープっす!」
「い、嫌ですぅムートさん!」
マリアの宿屋で手渡しておいた魔道具、緊急用ワープボタンを起動させたベルリーは抗うメディーを抑えつけて消失する。
ごめんメディー、きみを死なせるわけにはいかない。
かろうじて立っていた。ぶっ飛ばしたニーダが鬼の形相でこちらに刃を立てている。
――良い人生だった。
覚悟を決めて瞼を閉じる。
「いえ、まだ終わらせませんヨ」
重い瞼を開けて見る。風のように颯爽と現れたタオフーが突進してきたニーダーの武器を弾き飛ばしていた。




