夢を探して
五和志宿と言う1人の人間を一言で表すのなら『物事にやる気のない人間だ』と言うのが周囲の評し方だった。
実際に部活動や勉強にもそこまで力を入れていないし家に帰ってすることも無い。
流行りのゲームをしたり漫画を読んだりするだけだ。
それで今まで苦労したこともないし特に退屈という訳でもなかったしそういう生き方に疑問を感じたことすらなかった。
だから高校に上がっての2年半をいつも通りに過ごしていた。
それを、今となっては少し、と言うかかなり後悔している。
例えば、入学して一年目の春。クラスの輪にちゃんと入っていれば人生で1度っきりの貴重な高校生活をもっと思い出で埋められただろう、とか。
例えば、部活動に入っていれば、もしくは勉強をもっと頑張っていれば、今行き場のない感情を抱えたままもう少しこうだったら、なんて悩まずに済んでいるのだ。
クラスに積極的に関わる、部活動に入る、勉強を頑張る。
そんな事じゃなくても、普段気にも止めないような視界の端に映る綺麗な花の名前だったり。
日常に紛れて当たり前のように受け入れられていた誰かの頑張りだったり。
いつの日か興味を持ったのにすぐに忘れて読んでいなかった本だったり。
そういった所に確かに何かに通じた出会いが在ったわけで、それを積み重ねて未来が出来ているわけで。
そんなことに気が付けずに人生を過ごしてきた僕は、今まで見落としてきた物の輝き方を知って、それを羨ましく思うと同時に愛おしくも思った。
やりたいことも無く好きな物も特になかった僕にはそんな風景や誰かの姿が何よりも輝いて見えた。
僕は、熱中できる何かを夢を見つけられるだろうか、白紙の進路希望はまだ埋まりそうにない。
先生の野太い声がクラスに響き渡った。
来週の日程がどうとか進路希望の期限が月曜までとか、そういった話をしている。
話を聞いているとどうやら出してないのは残り数人らしい。
正直に言って少し焦っていた、土日を挟んであと3日あるとは言え埋めるためのアイディアはひとつも無い。
1人で考えていても浮かびそうにはないが誰かに話したところで変わるような内容でもないと思う。
先生の合図で礼をしてHRを終え放課後に入り特に予定も無いのでリュックを取り教室を出る。
が呼び止める声があり足が止まった。
「おーい、志宿。」
振り返ると、スポーツ刈りの僕よりも少し背の高い好青年が目に入る。
彼の名前は久島健仕。
健仕とは幼稚園児からの仲でそれからずっと学校が一緒の1番仲がいい友達だ。
「どうした?」
「なあ、明日暇?」
「まあ、暇だけど。」
「じゃ、明日お前ん家行くから準備しとけよ?」
「…へ?」
思わず変な声が出た。いつ僕が暇な日は勝手に予定入れられてもOKになったんだろう。記憶にないな。
「おい、まだ許可出してないだろ。ってか来るって何時からだよ…」
「まあそれは明日になってのお楽しみということで。じゃ、部活あるから行くわ。」
どうやら話す気は無いらしい。こうなったら健仕は取り合ってくれないから厄介だ、明日を待つしかない。
今日もいつも通りの帰り道を同じように帰っていった。
僕は寝起きがいいほうじゃない、朝に弱いし急に起こされたりしたらムカッとするタイプだ。
だから、朝急に叩き起こされてその犯人が健仕だって知った時は真面目に1発くらいは入れてやろうと思ったけど結局出来ずじまいになった。
理由は部屋の扉の前に立つ彼女。
美咲香織、健仕とは別の幼なじみで背は僕より少し低いくらいで黒髪を腰まで伸ばしている。
寝起きで寝癖が付いてたりする姿を同性の健仕にならともかく香織に見られるのは恥ずかしい。
結局怒りをこらえ僕が出せたのは「い、一旦外でろ…」なんて照れ隠しの一言しか言えなかった。
それから数分、一応外行き用の服に着替えて二人の待つ居間に向かった。
「で、こんな朝早くから何の用だよ…」
僕が言うとそれを待ってましたと言わんばかりに上機嫌に腕を組んでいる健仕が口を開く
「まあ今日の目的はだな?志宿、お前まだ進路希望出てないだろ?だからそれ終わらせるんだよ。」
「え?」
今日も昨日に続きアホっぽい声が出た。
まずなんで俺が出てないか知ってるのかが疑問だけどそもそもとして健仕は人の宿題とかを率先して手伝うような人だっけ?
混乱する僕を尻目に健仕の話は続く。
「そのために今日はカラオケと市民体育館行くぞもし時間余ったら散歩でいいか。」
「なんだ、遊びに行きたいだけかよ…」
一瞬本気で進路を心配されてるかと思ったけどそうでもないらしい熱があるかどうかは聞かなくて良さそうだ。
「それじゃ時間も無いし行こ?確か9時からでしょ?」
「そうだぞ、じゃあ行くか志宿。」
元々完全に外に出る気だった2人は足早に玄関に向かっていく。
「お、おい!まだ僕朝ご飯も食べてないんだけど…」
「そんなもんなくても良いだろ急ぐぞ。」
理不尽だ…。いつもこうやって振り回されてる気がする。
今日は絶対忙しくなりそうだなぁ、なんて思いながら外に行く準備を進めた。
家を出てから約1時間、そして市民体育館から入ってから約30分市民体育館で出来る競技の中から卓球を選んだ僕は一応軽いルール説明と準備を終えて健仕と対面していた。
卓球の他にもいくつかあったけど卓球を選んだのは単純に少しやったことがあったからだ。
健仕はバスケ部所属だからやりたがってたけど流石に1体1をバスケ部エースとやる気力と体力は持ち合わせていない。
形式は1ゲーム11点で3セット先に2セット取った方が勝ちだ。
何か賭けないと面白くないと健仕が言ったので勝った方が利用料を払うことになったので負けられない。
審判は香織に任せて、久しぶりのラケットの感触を確かめる。
運動が苦手とはいえ流石に初心者には負ける訳にはいかない。
少し健仕がニヤけてるのが気になるところではあるけど。
こっちは経験者なのでサーブを先に打ってとりあえず様子を見ようと思ったんだけど健仕の行動が予想と違った。
初心者みたいに軽く打ってくると思ってたんだけど力いっぱい打たれた。
だから予想してた速度より全然早い玉が飛んできて思わず打ち返すなんて考えが頭から抜けてしまっていた。
「健仕、まさか…」
僕が驚きを隠せないでいると健仕は更に笑みを深めて、
「おう、志宿が卓球選ぶなんて事は分かりきってたからなきっちり練習してたぞ。」
「なっ…」
「卑怯とは言わせないぞ。俺は一言もやったことないなんて言ってないからな。」
その言葉に軽く裏切られたような気持ちになるけど勝負は勝負だそれに練習したと言っても1ヶ月も無いはず、多少ブラングがあっても冷静に動けば良い。
そう頭の中を切り替えてラケットのグリップに1層力を込める。
さっきの玉だって初心者だと思っていた相手から受けたから面食らっただけでちゃんとした試合として出されていたらちゃんと反応できるレベルの少し強く打たれただけの玉だ。
今度は丁寧にそれを打ち返し返された玉もしっかりと返す、すこしラリーが続いたけど歴の差で次の1点は僕が取った。
あれ、ここ最近に練習してただけだとしたら強くない?1ヶ月やってたとかそういうレベルじゃないんだけど…
確か健仕が僕を遊びに誘う頻度が減ったの3ヶ月くらい前からだったような。
もしかしてそんなに前から練習してたのかな?だとしたら前過ぎないか?僕と一緒にやるためだとしても健仕はひっそりと練習したりするタイプでもないし。
まあ考えても仕方ない、姿勢を整えて前を向くいつから練習してたかは分からないけど一応僕は2年ちょっと卓球をしていたし健仕はどんなに長く見ても半年はやってないはず。
おっし、気楽にやろう。
健仕も練習してるとはいえ流石に勝てるとは思ってないだろう。
ってか卓球をすることのどこに進路希望を埋めるどこに手立てなんてあるんだろう?
「11対4で志宿の勝ち!」
「ちえっ、ダメかー。流石に練習時間足りなかったか…」
「あはは、まあ再戦は受け付けとくよ。」
「言ったな?次こそ勝つ!」
試合に危なげなく勝利し、利用料を払わずに済んだ。
ちょっとせこい気はする。言い出しっぺは健仕だし感じる必要もないだろうけど。
「そういえば、これの何が進路希望と関係があるんだ?」
「じゃあこっちからも質問、志宿、卓球楽しかっただろ?」
「まあ、楽しかったよ。」
久々にまともに体を動かして何かをするのは確かに楽しかった。
こういう機会でもないと自分からスポーツとかもやらないし体を動かしててとても気持ちが良かった。
でもこれが何に繋がるんだ?
「志宿は運動自体あんまりしないけどスポーツするのも案外楽しいもんだろ。まあ、卓球で進路にどう影響するかなんて言うならもしかしたらこれがきっかけで運動に目覚めてプロにでもなるかもだぜ?」
「そんな適当な…」
「進路なんてどこに転がってるか割と分からないもんだろ。単純に好きな事をやってる人もいれば、お金を稼ぐ為に働いてる人もいるし、目標があってそれに向けて仕事をしてる人もいる…」
「───楽しい事ってのはそれだけ突っかかりやすい理由にもなるし単純に好きな事が出来ればモチベにも繋がるだろ?だから俺が志宿の進路の為に出来るのはただ遊ぶことだけだよ。」
ちゃんと考えてくれてるのか考えてくれてないのかよく分からない事言うなぁ。まあちゃんと考えてはくれてるんだろうけど。
「楽しい事、か…そういうのを進路にしたいって言うのは分かるけど、少なくとも僕はスポーツじゃないかな。たまにでいいや、暑いし。汗かくのあんまり好きじゃないんだよね。」
「そこが良いんだろ分かってないなー。」
あれから約2時間、僕達は卓球の他にもバスケだったり剣道だったり色んな事を3人でして昼食を摂るために一旦僕の家の帰路についている。
どこかお店で食べてもいいと思うんだけど2人とも僕の家でとろうって言って譲らなかったから結局折れることになった。
「よーし、志宿の進路を探そう企画の第2弾だ!」
「いぇーい、ぱちぱち〜。」
何故か少しテンションが上がっている2人と共に僕達は家に着いた。
急に健仕が謎の企画を初めて香織もそれに驚かずに賛同している。
いつの間に2人の中で情報共有があったんだろう、前々からこの日で遊ぶ話が決められてたとして2人ともきっちり遊びの予定を立てたりするタイプでもなかった気がする。
それくらい今の僕って心配されてるのだろうか?
「まあ何をするかと言うと、普通に料理をするぞ。俺は食べる専門なんで御二方宜しくな。」
どうやら健仕は僕と香織に丸投げする気らしい。顔の皮が厚いやつめ。
「健仕もやれよ、僕はあんまり料理とか出来ないぞ。」
僕が軽く睨んでも健仕はそよ風に吹かれたように一切効果がない。
「市民体育館じゃいい所見せられなかったけど、私は家庭科部だし頑張っちゃおうかな!」
そんな声を聞いてこれ以上健仕に手伝って貰うのは諦めて香織と一緒にキッチンに向かった。
ちなみに卓球の試合を終えてから色々とスポーツを試していて、それからは現役運動部である健仕の独壇場だった。
特に酷かったバスケでは健仕vs僕と香織のペアで対決したけど1点取るどころかほとんどの時間ボールにすら触らせて貰えなかったくらいボコボコにやられた。
久しぶりに運動しすぎたせいで若干体が重い。
「材料どうする気?何も買ってなかったよね?」
「そこはばっちり志宿の親に冷蔵庫の中身好きに使っていいって許可取ってるぞ。」
親指を立てた手をこっちに向けながら家のソファで我が物顔でくつろいでいる健仕が言った。
「通りで何も買わずに帰った訳か…。」
そんなやり取りをしてる内に冷蔵庫の方へ向かっていった香織が冷蔵庫の中身を見終えて昼の献立を決めたらしくこっちに戻ってきた。
どうやら元から許可取っていたのを知ってたらしい。
香織の意見で今日の昼はオムライスという事になった。
イメージと違って慣れれば割と楽に作れるらしい。
2人で作ると言っても料理の得意さ加減で僕は雑用をこなして香織の補助をするだけでほとんどを彼女に丸投げする形にはなっている。
1人だけ参加する気もない健仕はいつの間にか録画したお笑い番組を見ていて1人で笑い転げてた。若干憎い。
そんなこんなで料理が出来上がり3人で食卓を囲んだ。
オムライスと言ってもご飯の部分を包まずに被せているのですこし簡素だ。
ほとんど手伝って無いとはいえ少し達成感も合わさってとても美味しい。
ってか香織この年でここまで料理できるの凄いな。
「どう?結構上手く出来たんじゃないかな?」
「うん、美味しいよ。」
「おう、美味しいぞ。」
「よかったぁ、人に食べてもらう機会とかあんまりなくてちょっと不安ったんだよね。」
香織が安堵の超えを出す。
「どうだ?進路浮かびそうか、例えば料理人とかさ。」
若干笑い気味に健仕が言ってきた。
「浮かばないでしょこんなので…ただ料理しただけじゃん。」
さっきより雑になってないか?料理が特に好きでもない人に適当に料理手伝わせて料理人にさせようなんてこじつけが過ぎると思うんだけど。
ってことは午後のカラオケも歌手とこじつけたりするのだろうか。
まあ学生だけで何かしら進路を探そうとしたらこんなふうになるのかもしれないけど。
でも楽しいから良いか。ここ最近は進路のことを考えすぎて落ち込んでたから気分転換にもなりそうだし。
僕の家から徒歩で約20分駅前にあるカラオケ屋の一室には健仕の力いっぱいの声が響いていた。
香織は自由に貸し出されているマラカスをリズムに合わせながら楽しそうに振って、僕はそれを飲み物片手に眺めていた。
カラオケの個室は3人で入るには少し広く少しスペースが余っている。
最初の方は一応進路を考えていたんだけど、途中から健仕に「ボーッとすんな一緒に騒げ。」なんて言われたから結局遊ぶのが目的だったんだななんて呆れながら参加した。
ちょっとやけくそ気味だ。進路は明日頑張って考える事になりそうだなぁ。
それからは僕も流行りの曲だったりを歌ったり、健仕歌に思いっきり合いの手を入れて盛り上がったり、途中から採点をし始めて僕の点数が1番低くて少し恥ずかしかったり、流れで香織とデュエットしたり。
時間が過ぎ去るのがだんだん早くなって。
この時間がずっとじゃなくても、せめてもう少しだけ、遅く過ぎ去ってくれれば良いのになんて。
そんな事を考え始めた時にはスマホのカメラを起動してシャッターを切っていた。
この楽しい時間をいつでもどこでも笑い合えるように思い出せるように残していた。
時間が過ぎ去るに連れてどんどん写真が増えていく。
写真が増えていく度に段々と今日が終わっていく。
この時間ははっきり楽しいのに、少し感傷的になって自然とこれからの事を考えていた。
きっと、僕達がこうやってふざけあったりする時間は段々と減っていく。
身近な気付きを共有したり、くだらない事で笑いあったり、笑わなくたって明日の体育がだるいなんて愚痴や眠くて学校行きたくないなんて愚痴を言えたりする。
誰でも経験しているような、そんな話をしても誰も驚かないような当たり前の日常が、青春の時間がこれから終わっていく。
僕達は別々の進路に進んで、段々と会えなくなって、もしかしたらやがて思い出の登場人物として稀に思い出すだけで会うこともなくなるかもしれない。
そんな事になっても忘れそうになっても、思い出を残しておきたかった。
カラオケで約3時間、歌い疲れた僕達は帰りの道を少し寄り道しながら帰っていた。
駅の近くの坂を下った付近には川があって時々鴨や白鳥が居たり鯉が泳いでたりして結構眺めもいい。
夏になると花火大会があってここの川から見えるためそのころには人が集まるスポットでもある。
歩きながら最近の流行りだったり今日の事の振り返りだったりを話し合っていた。
こういった時間もスポーツをしたり歌ったりする時とまた違って落ち着いて居られるのが良いなって思った。
「そういえばさ、進路浮かびそうか?」
「そういえば、って忘れてたのか。」
最初の方は割と進路について聞いたりしてきたのにボロが出てるな。
まあ遊ぶための口実なんだろうけど。
「そうだね…」
今日起こったことを振り返る、もちろん今までの人生も。
結局のところ、僕は何がしたいんだろうか。
数ある未来の中で何に憧れて何を残したいんだろうか。
例えば、スポーツ選手、歌手、教師、警察官、料理人、上げればキリが無いほどにたくさんの職業がある。
きっと調べようと思えば全く知らない、想像もしてなかったような職業だってきっとある。
でも僕がなりたいのは多分、誰もが憧れたりするそんな職業じゃないんだ。
僕はこれからの人生を何をして生きたいんだ?
何を目標にして過ごして生きたいんだ?
自分でも思う、特に目標を持って生きていなかった人生だって。
でも、そんな人生でもやりたい事の1つや2つぐらいあるはずだ。
ふと、ある考えが浮かんだ。
自分が何が好きで何に憧れているかそのためにどんな進路に進みたいかそのヒントが。
僕は憧れていたんだ健仕や香織や他のクラスメイトにも。
誰かが頑張ってる姿がずっと輝いて見えていたんだ。
それだけじゃない、そんな輝きの綺麗さだったりを共有したいんだ。
だから、僕がなりたいのはきっと…
「決まったよ、決まった。分かった、僕がなりたい職業は───」
その日、僕は人生で初めて自分の夢を持った。
読んで下さりありがとうございます。文化祭用に書いて結局出さなかった話です。