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降り立つ
帰って来ることなど
二度とないと思っていた。
故郷という言葉は嫌いだった。
なぜまたこの町に
海の匂いがするこの小さな町に
戻って来たのか。
トキコは
もう後悔の気持ちが込み上げてくるのが
わかった。
微かな潮の香り。
トキコは複雑な気持ちになる。
この香りは
あの男を思い出させた。
それは
トキコの人生のほんの一部分
でも恐ろしく長い年月を生きたように
色濃く、暗く、猥雑に影を落とし
纏わりついた。
まるで呪いのように繰り返される
あの男の
最初からの動き、手順。
それから遠鳴りのように響く声。
あの日、全てを捨てたこの町に、
トキコは再び降り立ったのである。