0093 女湯の変人ふたり
「ぷは! やっぱ風呂上がりはこれだよな!」
「いや、普通はコーヒー牛乳でヤンス」
風呂から上がった後、浴衣を着、男女共有の休憩スペースで瓶入りのコーラを飲んでいた。
なお萌生はコーヒー牛乳である。
しかしまあ銭湯、コーヒー牛乳、そして浴衣、本当にここは異世界なのかね。
食事と文化、双方とも日本と似ているところが多い。
そんなことを思いながら喉を潤していた時、少し離れたところから「あっ」という声と金属音が聞こえた。見ると銅貨を落としてしまった女の子。
その内の数枚が俺の足下まで転がってきたので、それを拾い、女の子に声をかける。
「大丈夫か?」
「あっ……うん……ありがとう」
内気な印象を持たせる小さな声の女の子は、マリカと同じく十二、三歳くらいだろうか。
黒のショートヘアに飾り気のない服、見た目だけならボーイッシュで活発そうなのだが。
女の子に銅貨を渡す。
するとその時、外へと繋がる出入り口付近から声が響いた。
「メイメイ! もう上がっていたのか! 待たせて悪かったな!」
「あ、パパ!」
どうやら女の子の名はメイメイといい、そして父親が来たようだ。
どれどれ、どんな人なのかな……って!
さっきの変なおっさんじゃねーか!
女の子の父親、それはさっき闇について尋ねてきたおっさんだった。
「パパ、このお兄ちゃんがね、私が落としたお金を拾ってくれたんだ」
「それはありがとう……やや! 君達はさっきの少年じゃないか!」
「こ、こんにちは……」
もう二度と関わらないと願っ……いや、思っていたがこんな形で再会するとは。しかも人の親だったとは。こんな変なおっさんがよく結婚できたものだ。
「それよりパパ、どうして外から?」
「実は魔法のことで頭がいっぱいになってしまってな。ついお前と来たことを忘れて帰ろうとしてしまったんだよ。本当にすまない……」
ええ……大丈夫か、このおっさん……。
「もう! パパは魔法のことになるといつも周りが見えなくなるんだから!」
「いやはや面目ない……。ところでメイメイ、話は変わるが風呂から上がるの早くないか? いつもはもっと長風呂じゃないか。カラスの行水だったパパが言うのもなんだが」
そりゃあんたは闇の話を聞くなり、光の速さで上がったもんな。
「実は女湯に変な人がいたんだ。だから怖くなって出てきちゃった……」
「「なに?」」
思わずおっさんと声が重なる。それは穏やかじゃないな。
京花は心配ないとしてもライムは大丈夫だろうか?
「どんなやつだったんだ?」と、俺は問うた。
「黒くて長い髪のお姉さんで……私を凄い目でジロジロ舐めるように見てきたんだ……。本当に怖かった……」
「なるほど、黒くて長い髪……ん?」
ちょっと待て、その犯人像、心当たりがありすぎるんだが……。
「ジロジロと……。うーん、いったいなにを考えてメイメイを見ていたんだろうか……」
おっさんは思案顔で言う。
おそらくエロいことを考えていたんだと思います……。
「それだけじゃなくてね……」
え? それだけじゃない?
「男湯がある方の壁に耳を当てて、鼻血を垂らす緑の髪のお姉さんも怖かったな……。『男性同士……裸の付き合い……素晴らしい……』とか訳のわからないことも言ってたし……」
あいつもかい!
もはや心当たりを通り過ぎ、変人ふたりの正体を確信した。
前者は京花、後者はライムである。
あいつらなにやってるんだよ……。
「うーむ……世の中には変な人達がいるもんだね。でもメイメイが無事でよかったよ」
本当にそうですよ……。
あとおっさんを変とか思っちゃってごめんなさい……。
うちの仲間の方がよほど変です……。
「さあ、ママも待ってることだしさっさと家に帰ろう。君もすまなかったね。お金を拾ってもらった上、こんな話を聞かせちゃって」
「いえいえ……たははは……」
こちらこそ仲間が大切な娘さんにとんでもないことをいたしまして……。
「じゃあ、ボクたちはこれで」
「バイバイ、お兄ちゃん」
女の子はそう言って手を振り帰っていった。
一方の俺は、目を泳がせながら手を振り返し、その背中に向かって心の中で一世一代の土下座を決めたのだった。
本当に……うちの仲間が……申し訳ございませんでした……。
「ねえ、フィールドの」
おおう、噂をすれば。
親子を見送ったすぐ後、声をかけてきたのは犯罪者一歩手前の京花だ。
「ちょうどよかった。お前には尋問したいことがあるからな」
睨みながら告げると、京花は首をかしげた。
こいつ、自覚ねーのかよ。
「尋問? よくわからないけど、そんなことより少々厄介な事が起こったわよ」
「なに?」
そんなことを言い出した京花。よく見ると髪はまだビショビショ。身体もちゃんと拭いていないからか、浴衣がピッタリとくっつき、ボディラインが浮き彫りとなっている。
そこまで急ぎのことなのか?
なにか起こったと言うなら話は聞くが、せめて身なりを整えてからこいよ。
はしたないもん見せんな。恥を知れ。
「で、なにが起こったんだ?」
「ライムがね、露天風呂でちょっとやらかしちゃって」
「それは聞いた。鼻血を垂らしながら男湯がある方の壁に耳を当てていたんだろ」
メイメイという名の女の子から聞いた話を告げると、
「いや、それだけじゃないのよ」
京花はそう言って、続けた。
「あの子、聞くだけじゃ飽き足らなかったのか、壁をよじ登って男湯を覗こうとしたの」
「は⁉」
「そして寸前の所で従業員に見つかって事務所に連れて行かれちゃったわよ」
「はあああああああああ⁉⁉⁉」




