0009 プリンスの後輩、男の娘
フィールドとベンチ。
前者は監督に、後者は幼馴染みの智里に追い出され、行き場を無くした俺は暇つぶしがてら紅白戦が行われているグラウンドの周りをグルグルと走っていた。
そんな中、監督の声が響いたのは走り始めて幾ばくもない頃である。
「おーい、不動、下がれ」
お、あいつもお役御免か。
そんな『あいつ』はベンチ前に陣取る監督と少し会話するや否や、こちらに身体を向けたかと思うと、一目散に駆け寄ってきた。
まるでネズミを見つけたネコのようだ。
たぶん食われはしないので、立ち止まって待ってやる。
「大地先輩!」
「よう咲矢」
やってきた男の名は不動咲矢。
年下の1年生で、ポジションは俺と同じFWだ。
「他の選手に出番をやってくれって下ろされちゃいました。まだ10分も経ってないのに……」
「そんなのまだマシだ。俺なんて1分だぞ」
どうやら俺と同じ理由で下ろされたようだ。
それもそのはずであり、彼の実力は有名選手揃いの一年の中でも飛び抜けていた。
学内においてはこんな肩書きで呼ばれることもある。
『ダントツの二番目』
一番目の選手とも、三番目の選手とも実力差に乖離があるからそう評されているのだ。
ちなみに三番目の選手は修介。
一番目の選手は……わざわざ言わせんな。照れるだろ。
「大地先輩、ぼくも一緒に走っていいですか!」
そんな咲矢だが、実力者であることを時々忘れさせられる。
というのもこいつ……女みたいな見た目をしているのだ。
耳が完全に隠れる男にしては長い栗色のストレートヘアー。
スポーツマンとは思えぬ華奢な体つき。
背丈も160センチしかないらしく、俺より20センチほど低い。
極めつきは美少女としか思えぬ顔ときた。
こいつの顔写真を見せて『男ですか? 女ですか?』と質問したら、回答者は老若男女誰であろうと迷うことなく『女』と断言するだろう。誰かアンケートを取って検証してみてほしい。
今だって『一緒に走っていいですか!』なんて自主練の同行を願い出ているが、みかけは美少女からのおねだりだ。
上目遣いから放たれるキラキラした眼光もその雰囲気を加速させる。
男なんだから目を上げるな。顎を上げろ。
「うーむ……」
「だ、ダメなんですか⁉」
本当に男なのか訝しんでいると、咲矢は断られたと思ったのだろう、涙目になった。
女の子を泣かせちゃったみたいで心が痛い。
「いや、そういうわけじゃない。ただな……」
「ただ?」
既知の事実だが再確認だ。
首をかしげた咲矢に、俺は問いかける。
「お前、男だよな?」
「へえ⁉」
「ちゃんとち〇こ付いてるよな?」
「はいいい⁉」
付いてることはわかってるが、一応な。
え? なんでわかるかって?
そりゃ実際にこの目で見たからだよ。言っておくが別に変な意味じゃないぜ。
夏合宿のときに、風呂場でな。
それはそれは立派なモノだった。
「だ、大地先輩のエッチ!」
急な質問に狼狽した咲矢は、顔を赤らめながら自身の股間を押さえ、そんな台詞を吐いた。
誰の耳にも声が届いていないことを切に願う。
こんなの人様に聞かれたらあらぬ噂が立ってしまうぞ。
勘弁してほしい。
『サッカー部で不純同性交友が起こったらしいぞ!』なんて広まるのだけは。
「エッチって、お前なあ……」
呆れた声を出した俺を他所にし、咲矢は被害妄想を続ける。
「大地先輩もぼくのことを……『可愛い上にちん〇んが付いててお得』とか思っていたんですね!」
はいいい⁉
「ちょ、ちょっと待て、なんだそれは⁉ てか先輩『も』ってなんだよ⁉ 『も』って⁉ 実際に言った人がいるのか⁉」
突然告げられたパワーワードの発祥はこれいかに⁉
咲矢はおずおずと、
「三年生の男の先輩達が話しているのを偶然聞いちゃいました……」
「お、おう……男かよ……」
「はい。女の先輩は『女の子みたいに可愛い咲矢君を想うと禁断の恋愛に手を染めているようでイケナイ気持ちになってくる』なんて言ってましたし……」
「ええぇ……」
大丈夫かうちの三年生は?
受験勉強のしすぎで頭がおかしくなったんじゃないか?
「うう……年上の人はみんなそういう目で見てくるから嫌になります……」
たぶんこいつはモテ度でも学内で『ダントツの二番目』だろう。
だって男女問わず票を集めるんだもの。そんなやつ、そういないぜ。
「ま、まあ考えすぎても気を病むだけだ。忘れろ」
「はい……ちなみに大地先輩はぼくのことどう思っています?」
「可愛い後輩としか思ってないから安心しろ」
咲矢の頭に手を置いて、ぐしゃぐしゃと撫でた。
「……安心しました」と笑った咲矢が、返答に間を持たせたのはなぜだろう?
「とりあえず、一緒に走るか!」
「はい!」
こうして暇つぶしの走り込みに仲間が増えた。
グラウンドをグルグル回っていると、隣で走る咲矢は『声変わりをどこに忘れた?』くらいの高い声で言う。
「早々に下ろされましたけど、こうして素敵な大地先輩と二人きりで自主練できたことを思うとむしろラッキーですね!」
うーむ、こいつは俺に対する憧れが強すぎる。
それは一年生の中でも特に顕著であり、憧れの気持ちを全身に纏い、そのまま飛びついてくるような言動を取る。
悪い気はしないけど、重いんだよなあ。
並走を続けていると、どこからか、「お似合いのカップルだ」なんて声を耳にした。
俺と咲矢のことじゃないだろうな?
男だぞ。どっちも。
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