0089 一の太刀を疑わず、二の太刀要らず
「た、た、た、た、大変でヤンス……」
「なんかいっぱいいますね……」
俺の名前は陽川大地。
震える声を出したのは萌生とライム。
俺達はマジーカに向かったのだが、そのためにはまずリスタの森を抜けなければならない。
そしてその道中にて、萌生の言葉通りまさに大変な災難に見舞われていた。
「まさかこんなところにオーガの巣があったなんて……」
萌生が言った。
そう、俺達はオーガの巣に迷い込んでしまったのだ。
四方が高い茂みに囲まれ、前方至近距離にオーガが5体。
俺達が巣を荒らしにきたと思ったのか、どのオーガも眉間に皺を寄せている。
ただでさえ恐ろしい顔してるのになかなかの迫力だ。
「こんなときにあれですがどれも同じような姿形をしてますね。オスとメスの区別とかないんでしょうか?」
「ああ、オーガは全ての個体がオスでヤンスよ」
「え⁉ じゃあどうやって子孫を⁉」
「詳しい生態は不明でヤンスがオス同士で子孫を残しているでヤンス。生まれた子孫ももちろんオス」
「素晴らしい……!!!」
ライムはこんな状況なのに目を輝かせる。
こいつ、男同士なら種を問わないのか?
「と、とにかくなんとか切り抜けるでヤンス!」
今にも襲いかかってきそうなオーガに対抗すべく、萌生は腰に差した剣を抜いた。
そこで俺もようやく口を開き、意気込む萌生に言う。
「よし、萌生」
「なんでヤンスか大地君? あっ、またひとりで戦うとか言う気じゃ……」
「任せた」
「……え?」
あっけに取られた顔がこちらを見た。
いやそんな顔で見られても無理なものは無理だ。
というのも――
「立ってるのがやっとなんだよ……」
理由は明白。マリカの料理のせいである。
事実、ここまで歩くだけでもかなりきつかった。
剣を手に戦う、なんてできるわけない。
そんなことをすれば……口からキラキラした物が出てしまう。
「僕だけで五体相手にするのは無理でヤンス。せめて何体かおびき寄せて群れを分断してくれたら……」
「それもきつい……走ると出るかも……」
「ええぇ……」
なにが出るかはあえて言わなかったが萌生は察したようだ。
そんなとき、ライムが真剣な眼差しで口を開く。
「戦いは待ってください」
「なにか策があるのか?」
「いえ、オス同士の子作りが見たいです」
「……」
ツッコむ気力も湧かず倒れそうになった。
ううっ、今の発言で余計身体にダメージが蓄積したかもしれない。
「こうなったら……こーっそり後ろに下がって逃げるでヤンス」
「そうするしかなさそうだな……」
「はあ、たしかによく見れば子作りの雰囲気じゃないですし、仕方ありませんね」
退却を決めた俺達は後ずさりを始めた。
前を向いたままなのは目線を逸らすと逆にオーガを刺激すると考えたからだ。
山で熊に遭遇したときもそう逃げろとよく言うだろ?
一歩、二歩、三歩……
ゆーっくり、ゆーっくりと後ろに下がる。
オーガは相変わらず眉間に皺を寄せているが、まだ襲ってこない。
このまま茂みの外に逃げ切れるかも?
――ガサガサ――
そのとき、後方の茂みから音がした。
嘘だろ⁉ まさか追加オーガ⁉
ここで挟み撃ちにあえば逃げ切れない。
そうなれば命の保証はない。
絶体絶命の大ピンチだ。
どうすることもできず後ずさりを止めた。
もう終わりだ。
異世界生活がこんなところで終わってしまうのか……?
「あら? オーガがたくさんいるわね」
「あっ」
「あっ」
オーガを見上げて言ったそいつと俺は目が合い、互いに声を上げた。
月上京花……!!!
後ろの茂みから現われたのはオーガじゃない。
炎の剣士、女喰いの女剣士、2つの異名を取った転生者、月上京花だ。
彼女は腰に剣を差し、一時は捨てた漆黒と深紅の鎧に身を包んでいる。
どうやら気が変わったようだ。
「よう。随分早い復帰じゃねーか」
おそらくマリカに預けた伝言を聞いて復帰したのだろう。
てことは俺の言うことに従ったわけだ。
くう、なんかいい気分!
だから自然と煽るような口調になった。
すると、彼女の冷たい視線が俺を突く。
「ピンチみたいだけど、見て見ぬフリしていいかしら?」
「討伐の程宜しくお願い致します」
殊勝な態度で礼をすると、彼女はやれやれとため息をついた。
やっぱこいつむかつく。
「あっ、炎の剣士!」と萌生。
「あっ、噂の女喰いさん!」とライム。
おいおい、そんなこと言ったらお前が喰われるぞ。
案の定、月上京花はライムに鋭い目を向ける。
「おいこら狙いを付けるな!」
「別にそういう意味じゃないわ。睨んでいただけよ」
「睨むな! ライムが可哀想だろ! ほら、さっさとオーガを倒してこい」
ライムへの怒りを逸らすため、話を戻し討伐を促した。
あっ、でも……。
「さすがに群れ相手はきついか」
「たしかに多勢でこられるのは苦手ね」
やっぱりそうか。
でも萌生もいるしなんとか……。
「でもゴミが五匹いたところでどうってことないわ。五回斬ればいいだけでしょ?」
……はい?
こいつ今オーガをゴミ扱いした?
俺が殺されかけたオーガを?
余裕綽々の態度はハッタリではない。
ギルドで初めて会ったときもそうだったがオーガを完全に見下している。なんてやつだ。
それに――
「お前、すべて一撃で片付けるつもりか?」
オーガは計五体。
つまり月上京花の五回斬ればいいだけでしょ発言はそういうことを意味する。
「ええそうよ。馬鹿みたいに何度も斬撃を繰り返したりしないわ。美しくない」
「でもあの巨体だぞ。無理があるだろ」
「無理なんかないわ。相手の急所を的確に狙えばいいだけの話よ」
言葉では簡単に言えるけど実際にやるとなればなあ……。
大体オーガの急所ってどこだよ。
首でも狙うのか?
二メートルはジャンプしないと届かないぞ。
そうこう頭を悩ませているうちに、月上京花は剣を抜いて構えていた。
ギルドの裏庭で対峙したとき目の当たりにした、剣を空へ真っ直ぐ突き刺すような独特の上段構えだ。
こいつの剣術、示現流の特徴らしい。
「ウウウウッ……!!!」
月上京花の仕草を挑発と取ったのか、オーガ達も棍棒を構えた。
緊迫した状況に俺は唾を飲む。
「こんな言葉を知ってるかしら?」
「え? え⁉」
一つ目の『え?』は急にわけのわからないことを言い出したことに対する『え?』
そして二つ目の『え⁉』は月上京花が真っ直ぐオーガに向かって駆け出したからだ。
先制攻撃を仕掛けるのはいいとしても、こんな急に⁉ しかも話の途中だし⁉
「ウウウウッ……!!!」
対するオーガは群れのうち一体が応戦した。
巨体のオーガと華奢な月上京花の体格差は歴然だ。
丸太のように太い腕が振るわれ、駆ける月上京花にめがけて棍棒を叩き下ろす。
……はい⁉
我が目を疑った。
オーガの攻撃が外れた、と思ったときにはもう月上京花がオーガの首元まで間合いを詰めていたからだ。
彼女は三メートルほどの空中で剣を構える。攻撃の寸前。どうしてそこにいる⁉
そうか……! 棍棒を利用したんだ!
振り下ろされた棍棒を駆け上がるようにしてあの位置まで飛んだのだ。
相手の攻撃を自身の攻撃に利用する。
こんなクレバーな一面も持ち合わせていたとは……。
こいつ、戦い慣れしてやがるな……!
――ザン!――
オーガの首が落ちる。
巨体は溶けるように消え、金貨へと変わる。
地に降り立った月上京花はそれに目もくれず、
「一の太刀を疑わず、二の太刀要らず」
残りのオーガと対峙し再び剣を構え、語る。
「一撃必殺こそ示現流の信条よ。強さも美しさも、全てがこの剣術に詰まっているわ」
言葉だけじゃなく背中でも語る彼女の姿は、まさしく強く美しい剣士そのものだった。
その佇まいの迫力たるや並ではない。
魔物でさえ威圧し、先程まで鬼のように厳つかったオーガ達の表情を弱々しいものへと変える。
掌を見せながら後ずさりするやつらの姿はまるで命乞い。
立場は完全に逆となり、やがてオーガ達は巣を置いて一目散に逃げ出した。
鬼すら恐怖し逃げ出す、以前俺自身も体感した月上京花の得も言われぬ恐ろしさがそこにはあった。




