0088 月上京花の決断(フェイズ京花)(3)
今、私は畳の上に座し、暇を持て余していた。
ここは武具屋でありマリカの家でもある建屋の中だ。
本音を言うとマリカからさっさと礼を受け取りここを去りたかったのだが、
『先にお料理したいので待っていてください。ダイチさんは今日この街を発ってマジーカに向かうから急ぐんです』
と、彼女は有無も言わさずな態度で行ってしまった。
だから今、待つという非常に無駄な時間を過ごしている。
じれったい。
やるべきことがあるから余計に。
マリカの用が済んだら、また旅に出よう。
あの子を探すんだ。
その想いで頭はいっぱいである。
この世界に転生して約一年、未だ手がかりすら掴めないけど、諦めるわけにはいかないのだ。
決意を反芻していると、しばらくしてマリカが帰ってきた。
「いやー沢山食べてくださいましたよ」
「え? 本当に?」
「はい! お腹いっぱいになって寝ちゃうくらい!」
……それは睡眠ではなく気絶だ。
都合の良い解釈をするマリカは得意げな表情だ。
生きてて楽しいだろうな、この子。
それにしても陽川大地、彼は彼で中々の根性をしている。
きっとマリカをガッカリさせないために完食したのだろうが、そうだとしてもあの物体Xを食べ切るなんて並の人間にはできない。
これも前世でフィールドのプリンスと呼ばれた所以だろうか……? 多分違う。
まあ、彼のことなんてどうでもいい。
どうせ2度と会うことのない人物だ。
「ところで、早くお礼の物を貰えるかしら?」
急かすように本題を切り出した。
「あ、そうでしたね! でも物じゃありませんよ」
「物じゃない?」
はて、それならなんだろう?
子供らしく肩たたきとかかな?
「お礼は……ワ・タ・シです」
「?………!!!」
首をかしげたのもつかの間、マリカがとった思いもよらぬ行為に私は驚愕した。
なんと自身のスカートをチラッとたくし上げ、パンツを見せてきたのだ。
「どうですか?」
「ど、どうですかって……」
意図が読めない……だが!
布面積の広い子供らしいパンツが欲情を煽る。
誘うような表情とのギャップがまた一段とエロい。
「キョウカさんを喜ばせるにはこれかなって。ちょっとだけなら触ってもいいんですよ?」
「!!!」
それは子供らしからぬ大人のお礼。
待った甲斐を実感した。
露わになった少女のパンツで息と鼓動が荒くなる。
他のことなど目に入らない。考えられない。
理性とはサヨナラ。
ムラムラと噴き出す欲情は留まることを知らず、無意識に手が伸びる。
あと少しで少女のパンツに……
それを脱がしてしまえば……
欲情は暴走レベル。
していいと言われたこと以上のことまで妄想は達する。
あと少し……あと少し……。
手に触れるまであと少し。
その寸前のところで――
あの子の顔が頭をよぎった。
ハッと目が覚める。手が止る。
これはあの子に対する裏切りだ。
手を下ろし、猛省した。
こんなことをしてはダメだ。
私は今まで女の子をいかがわしい目で見てしまったかもしれない。
でも、手は出してない。本当になにもしていない。
だってあの子が悲しむようなことしたくないから。
それに私の初めては全部あの子にあげたいし、あの子の初めては全部私がほしい。
本気で愛しているのは、あの子だけだから。
「やめなさい。はしたない」
冷静な口調でマリカに言った。
彼女は幻滅の表情を見せる。
「ええぇ……寸前まで怖いくらいノリ気だったくせにどの口が言うんですか……」
「うぐっ!」
ど正論だ。
さっきかっこつけてしまったのが恥ずかしい。
「まあいいです。それなら本物のお礼を今から持ってきますね」
「え⁈ じゃあ今のはなに⁈」
「どんな反応するか気になって遊んでみたんです。思った以上の反応で貞操の危機を感じました」
「そこまでのことはしないわよ!」
嘘である。
妄想ではしっかり貞操を破っていた。
「本音を言いますとキョウカさんになら襲われてもいいんですけどね」
「え、ええ?」
「かっこいいですから。女の子に興味ないワタシでもキョウカさんならOKです」
「そ、そう。光栄だわ……」
マリカは頬を紅潮させ恥じらう乙女となっている。
なんだ? 私って意外とモテるのか?
もしかしたら美少女に囲まれてハーレムを構築することも可能だったり……うへへへ。
って、ダメだダメだ。
さっきあの子への一途な愛を誓ったばかりじゃないか。
「早く本物のお礼を持ってきて」
妄想を断ち切るため話を戻した。
マリカもハッとなり「そうでしたね!」と部屋を出る。
さて、なにをくれるのだろう?
待ち時間は短かった。
すぐに帰ってきた彼女は顔に似合わない物騒な物を携え、私に差し出す。
「はいどうぞ!」
「……どういうつもり?」
思わず声に険が籠もった。
彼女が私に差し出したのは一般人が持つことのない物、剣だ。
「ワタシのお兄ちゃんが作ったんです! キョウカさん、自分の剣をダイチさんにあげたんですよね。だから新品をプレゼントします!」
「頼んでないわ」
差し出されたそれを押し返す。
けれど彼女も引こうとしない。
「ああ、そういえば話してなかったわね。私は冒険者を辞めたの」
「知ってます」
凛として言い返した彼女の姿に驚きを抱いた。
突っ立つ私に向けて彼女は続ける。
「承知の上で剣を渡しています。冒険者に戻ってください。それがワタシとお兄ちゃんの気持ちです」
彼女も彼女の兄も、陽川大地から私が冒険者を辞めたことを聞いたのだろうか。
そしてこんなお節介を働いたと。
ははあ、なるほどどどうして……。
身勝手な兄妹だ。
なにがワタシとお兄ちゃんの気持ちだ。
人の気持ちもろくに知らないでよくそんなことが言えるな。
私のけじめをなんだと思っている。
冒険者に復帰なんて絶対にしない。
「断固として拒否するわ」
「ダメです!」
「ダメ? なにを知っててそんなことが言えるのかしら」
「込み入った事情はなにも知りません! でもとにかくダメです!」
押し問答の末、気付いたら彼女に冷徹な目を向ける自分がいた。
けれど彼女は顔を逸らず、ジッと力強く私を睨み返している。
「実は他にも渡したい物があるんです。ついさっき預かりました」
「いらないわ」
「いえ、それも受け取ってもらいます!」
彼女は部屋を出、すぐに戻ってきた。
携えられたそれは見慣れた物。
「なぜそれを……」
両手でいっぱいに抱えた彼女に問うた。
そこには、なんと捨てたはずの鎧があったのだ。
漆黒と深紅の胸当て・肘当て・膝当て。
落ちぬ汚れは歴戦の証だ。
「ついさっきダイチさんから預かりました。ワタシとお兄ちゃんだけじゃありません。ダイチさんも同じ気持ちです」
陽川大地め……!
元より気にくわない彼を心の底から憎んだ。
まさかあのときギルドで脱ぎ捨てた鎧を保管していたとは。
「それはもう捨てたの。磨き直してこの店の売り物にでもしたら?」
「この鎧はキョウカさんがもう一度着るためにあるんです。そんなことしません」
「それならゴミ箱に行くしかないわね。私が着ることはないから」
彼女は私をなおも睨み付ける。
だがそんな目をされたところで私の気が変わることはない。
誰にどう引き留められても、私は冒険者を辞める。
それがけじめだから。
「ダイチさんから預かったのはこれだけじゃありません! 言葉も預かってます!」
「言葉?」
「はい。言伝です。もしキョウカさんに会えたら伝えてくれと、ここを出発する直前に預かりました」
ふん、なにを言ったのかは知らないが、そんなもんで私がなびくわけなかろう。
勝ち逃げする気かとか、俺はまだお前に勝ってないとか、どうせ前にも言ったくだらないことを繰り返すだけに決まってる。
無駄だと決め込み、なにを言われても聞き流すつもりでいた。
そんな中、マリカが口を開く。
「―――――――――――――です!」
……!
その言伝を聞いた途端、自然と目が剣と鎧に向いた。




