0086 月上京花の決断(フェイズ京花)(1)
――話は月上京花が陽川大地に神剣サンソレイユを託した直後に遡る――
私、月上京花は丸腰となりギルドを出、街の正門に向かって歩いていた。
己の剣、神剣サンソレイユを陽川大地に託したのだ。
そうした理由は単純明快。
闇の破壊者相手に、私は負け、彼は勝ったから。
私は弱い自分にけじめをつけた。
正直言って、剣術においては私の方が上だ。
でも、サンソレイユは彼を選んだ。そんな気がする。
なにはともあれ、これで神剣サンソレイユは彼の物。
私は炎の剣士じゃなくなった。
腰の辺りが少し寂しい気もするが、これはこれで歩きやすくていい。
転生して以後、腰にはずっと剣があったから丸腰で街を歩くだけで新鮮な気持ちになる。
街は危機が去ったことで、人通りが元に戻りつつある。
そんな往来で、ひとりの少女と目があった。
ちょうど武具屋のあたりだった。
「あっ、キョウカさん!」
マリカだ。
「なに?」
「ちょうどいいところで会いました! ワタシのお願い聞いてもらっていいですか?」
元々それなりに仲の良かった彼女はそんなことを言う。
でも、私はお人好しじゃない。
キラキラした期待溢れる眼差しを向けられているとこ悪いが、お願いを聞く義理がない。
「ごめんなさい。用があるの」
嘘じゃない。
剣士を辞め知名度を上げることを諦めたが、それでも『あの子』と再会したいという想いは死んでない。
だから、これからは一般人としてあてのない旅に出ようと考えたのだ。
剣を持たず、各地を巡る。
そしてあの子を探す。
本当は剣士として知名度も上げながら旅をするのが最善手なんだけど……。
私はもう、戦わない。
高をくくった挙げ句あっけなく敗北した自身に対するけじめだ。
「ええ~ちょっとくらいいいじゃないですか~」
「ごめんなさい。そんな暇ないの」
「早くしないとダイチさんがこの街から旅立っちゃうのに~」
ダイチさん? 陽川大地のことか?
「他を当たって。ごめんなさいね」
どれだけお願いされても、かまってあげられないのは変わらない。
頬を膨らませぶー垂れる彼女を横目に通り過ぎた。
諦めたかな?と思ったとき、背中から声が飛んでくる。
「ワタシのことエッチな目で見たくせに!」
「うぐっ!」
喉から変な音が出た。
なんてことを言うんだこの子は。
てか、気付いてたのか。
「ちょっと何言って……」
「散々いやらしい目を向けておいて、いざワタシがお願い事をしたときは無視ですか! ほんと最低ですね! ちょっとしたお願いくらい聞いてくれてもいいじゃないですか!」
「散々は言い過ぎよ!」
「いやらしい目向けたのは事実じゃないですか!」
大声でやり取りする中、ふと気がついたことがある。
街の人達の視線が痛すぎる。
「あれ、女喰いの女剣士じゃないか……?」
「やっぱり、噂は本当だったんだな……」
「あんな幼い子相手に、なんてやつだ……」
なんて辛辣な言葉がそこら中から飛んでくる。
我流の人生を歩む私も、これにはさすがにいたたまれなくなった。
「わかったわよ! 私になにを願うの!」
とにかく、早くこの場を収めたい。
とりあえず聞くだけ聞いてみよう。
「わあ! ありがとうございます!」
「いいから早くい言いなさい。ちょっとした願いなんでしょ?」
「はい! ナンゴクー島まで行ってドリアンを穫ってきてください!」
「全然ちょっとした願いではない!」
ナンゴクー島はここからはるか遠くにある離れ小島だ。
到着まではかなりの日数を費やすし、船も要する。
つまりは時間も金もかかる非常に厄介なお願いというわけだ。
「ワタシを散々視姦したことに比べたら安いものでしょう!」
「どこでそんな言葉覚えたの!」
「おい、視姦だってよ」
「やっぱやべえな、女喰いは」
「ままー、あれなにー?」
「しっ、見ちゃいけません」
ああもう!
「今から行ってくるわ! それでいいんでしょ!」
「ありがとうございます! なるはやでお願いしますね!」
「最後まで遠慮ないわね!」
周囲を味方につけたマリカに押し負け、こうして私ははるばるナンゴクー島までドリアンを獲りに行くことになった。
あの子を探す旅をスタートさせるはずだったのに、なんでドリアンなんかを……。
まあ、ものは考えようだ。
目的地までの道のりを旅と思えばいい。
もしかしたらあの子もナンゴクー島にいたりして……。
考え方ひとつでモチベーションもアップ。
私はナンゴクー島に向かって駆け出した。




