0085 最後に待ち受ける7色の試練
――夜が明ける――
出発の朝がやって来た。
「また会おうな、咲矢」
「はい! 暇ができたら王都に遊びに来てくださいね!」
「楽観的だな……。こいつのこと任せたぜ、ドミゴ」
「おう、しっかりボディーガードを勤め上げるぜ」
闇に取り憑かれた咲矢は重要参考人として、ドミゴはその付添人として、コームさんと兵士に連れられ王都へ旅立った。
歩き出したその直後、俺はコームさんに軽い目配せをした。
――ありがとうございました――
そんな意味を込めて。
「じゃあオレ達も出発するぜ!」
「目を見張るような情報を沢山仕入れてくるからよ!」
「いい情報が集まったら王都に報告に行こうぜ!」
「オレ達の調査能力の高さに国王のやつも腰抜かすかもしれないな!」
チンピラ冒険者含むギルドの冒険者達も街を発った。
彼らは闇の謎について聞き込みをすべく、あてのない旅に出る。
本当にいいやつらだ。
頼んだぞ。
そして、肝心の俺達だが。
マジーカに向けて早朝発つ予定だったが、その出発が大幅に遅れていた。
というのも――
「ううう……」
「おいライム、まだしんどいのか?」
「あと少しだけ寝かせてください……頭が割れるように痛いです……胃がひっくり返りそうです……」
弱々しい声が布団の中から返り、俺と萌生はため息をついた。
ここはリスタの宿屋の一室。
そう、昨日ビールを浴びるように飲んだライムが二日酔いで起き上がれないのだ。
俺としては『誰よりも先に出発してやるぜ』くらいの気概があったのだが、皆に後れを取り、昼が近くなってもまだ出発できずにいる。
未成年のくせにあんなに酒を飲むからだ。まったく。
「なにか持ってきてやろうか? お粥とか」
「食べ物は無理です……お水を……」
「はいはい。今持ってきてやるよ」
俺と萌生は宿を出、水の調達に向かう。
街で共有している井戸があるからそこで汲んでこよう。
「あ! ダイチさーん!」
向かっていたそのとき、声をかけられた。
マリカだ。
なにかが入った木の籠を揺らし、こちらに駆けてくる。
「どうした?」
「まだ出発まで時間ありますか?」
「ああ。あるけど」
「よかったあ」
「なんか用か?」
胸をなで下ろしたマリカに問う。
すると彼女は持っていた木の籠をガサゴソと弄り出して、
「いやーようやく手に入ったんですよ」
「? なにが?」
「じゃーん! ドリアンです!」
ドリアン⁉
マリカが取り出したトゲトゲの果物はたしかにドリアンだ。
食べたことはないが、写真で見たことある。
ドリアンは南国のフルーツで、日本では『果物の王様』と呼ばれる稀少な代物だ。
そんな肩書きがついているからさぞかし美味いのかと思うだろうが……実際は『美味い』というより『臭い』らしい。
まさかこの世界で現物と初対面するとは。
……うっ、なんかもう臭ってくる。
「これは年中暖かいところでしか実を付けない稀少な果物だからリスタには流通してないんですよね。知り合いに頼んで取り寄せてもらいました」
「へ、へえ……で、それをどうするつもりなんだ……」
悲しくもこの先の展開は読めてしまった。
だが一応、微かな希望を抱き尋ねてみる。
「このドリアンを使った手料理をダイチさんにご馳走したくて!」
ほらきた死刑宣告だ。
最近大人しいなあ、と思っていたら最期にこれか。
やはり嵐の前の静けさだったらしい。
「ち、ちなみにどんなメニューなんだ……?」
「ワタシの十八番料理、レインボーピザです!」
そのとき、記憶の底から恐怖が蘇った。
それドミゴが言ってた7色のピザじゃん!
三日三晩床に伏せって嘔吐を繰り返したってやつ!
「この料理はドリアンが肝で、生地にたっぷり練り込むのが美味しさの秘訣なんですよ」
もう聞いてるだけで冷や汗が垂れてくる。
出発が遅れたせいでこんな試練に望む羽目になるとは……。
ライムのやつ、恨むぞ。
「萌生、俺達は一蓮托生――」
「ああ! 水を届けるという未だかつてない重大な使命を忘れていたでヤンス! 僕はそれに尽力するから大地君はご相伴にあずかるといいでヤンス! じゃあまた!」
「おおいこら!!!」
神から授かりしスピードで逃げる萌生。
俺は前世で培った俊足で追いかけようとしたが――
「さあダイチさん、食堂へどうぞ」
駆け出す寸前でマリカに拿捕され、ジ・エンド。
「は、ははは……」
苦笑いを浮かべる俺は強制連行される。
これ、どうにか任意同行になりませんか?
――――
「ようやく落ち着きました。出発しましょう……ってダイチさん⁉」
食事という名の試練を終えた俺は、いつのまにかギルドの食堂でぶっ倒れていたようだ。
やってきたライムの声で目が覚める。体調を取り戻したらしく顔色がいい。
対照的に俺は自身に血の気を感じない。
「お、おうライム……もう大丈夫なのか……?」
「そっくりそのまま返します。いったいなにがあったんですか?」
「ひ、昼飯だ」
「お昼ご飯でどうして死にかけになるんです?」
困惑するライムの隣には、気まずそうに目をそらす萌生の姿が。
てめえあとで覚えとけよ。
「ダイチさんたら食べ終えた後すぐ寝ちゃったんですよ。お腹いっぱいで眠くなるなんて小さな子供みたいでかわいいですね」
マリカは満面の笑みで都合の良い解釈に溺れる。
これでいいんだ。
ひとり少女の笑顔が守られたのなら、俺の犠牲なんて安いものだ。
「な、なあライム……」
よろよろと立ち上がった俺はライムの側へ。
やべえ、力が入らない。
「あとで俺に回復魔法かけてくれ」
コソコソと耳打ちする。
「それはいいですけど、回復魔法は外傷にしか効きませんよ」
「マジかよ……」
それじゃあ意味ないじゃん……。
俺が回復してほしい箇所はもろ身体の内部、胃だ。
実を言うと回復魔法を頼みの綱にしていたのに。
絶望しているとマリカがトコトコ寄ってきた。
「お二人でなに話しているんですか?」
「い、いや大したことじゃない。よ、よーし、ライムの体調も戻ったしマジーカへ向けて出発するか……」
「ワタシはダイチさんの体調が気になるんですが……」
「出発の前にひとまず薬屋へ寄るでヤンス……」
ライムに心配され、萌生に気を遣われ、それでもいよいよ出発の時がやってきた。
さあ行くぞ、マジーカへ。
目指すは魔法学校だ。
「いってらっしゃい皆さん。またリスタに帰って来てくださいね」
「もちろんだ」
俺は1度死に、そしてこの世界にやってきた。
だからリスタは第二の故郷のような場所だ。
もうこの街に愛着を持っているし、きっとまた、帰ってこよう。
「それまでに料理のレパートリーを増やしておきますね!」
やっぱり他に安住できる地を探そうかな。




