0083 コームさんの策(2)
「一芝居って…………どんな?」
コームさんから飛び出した思いも寄らぬ言葉に、俺はしばし唖然となった。
今、彼女は頭の中でどんな展開を思い描いているのだろう?
「結論から申しますと、王国兵士との間に一触即発の空気を作ります」
「はい?」
一触即発?
武器を手に取って戦うというのか?
「いや待ってくださいよ。逃げるよりも無謀じゃないっすか」
そんなことをして大軍を送られてみろ。数の暴力に押し負けるだけだ。
策があると言うからどんなものかと期待してみれば……がっかりだ。
しかしコームさんは言う。
「勘違いをされてますね。一触即発の空気を作るだけで、戦うわけではありませんよ」
「それならなおさら意味が分からないっすよ。戦いもしないのにわざわざ敵対心を見せてなんになると言うんですか」
「それがなるんです。活路に」
即答したコームさんは続けた。
「というのもですね、ご命令にはこう付け加えられていました。『罪人サクヤ、またはその他一般人に武力行使は禁止。もし抵抗に遭えば、断罪の放棄を告げ、重要参考人としての任意同行を要求せよ』と。ちなみに重要参考人は取り調べは受けてもらいますがそれ以外は客人扱いです」
「きゃ、客人扱い……」
罪人とは雲泥の差だ。
抵抗するだけでどうしてそこまで譲歩を?
そもそもなぜ罪人を引っ捕らえるための武力行使を禁止する?
「……それ、スムーズに拿捕するための嘘では? 重要参考人として王都まで連れて行き、その後で覆し罪人とする気なんでしょう」
あまりに虫が良すぎる話に疑いを持った。
しかしコームさんは「いえ、それはあり得ません」と否定する。
「国王様は己のメンツを大事にされることで有名なお方です。たとえ罪人といえど、騙し討ちのような行為は致しません」
「本当に譲歩する気でいると?」
「はい。そうせざるを得ない理由があるのです」
コームさんは続けて、その理由を語った。
「罪人となってしまえば命の保証はできかねる、それは先程申し上げたとおりです。ですが、断罪はあることが終わってからです。裏を返せば、あることが終わるまでは、逆にサクヤさんの命を守らなければならない」
咲矢の命を守らなければならないだと……?
なんのために?
「そのあることとは?」
「闇の調査です」
「!」
なるほど。これで合点がいった。
「調査を進める上で闇に取り憑かれた咲矢は重要な被検体。死なすわけにはいかないし、手荒な真似をして傷つかれ、調査に影響を及ぼすわけにもいかない。そういうわけですね」
「ご明察。国王様は断罪より闇の調査を優先されたいようです。もちろん罪人として拿捕するのが理想的でしょうが、それで調査に影響を及ぼせば本末転倒。この決断にはそんな思惑があるのでしょう」
断罪は二の次。とにかく咲矢を監視下に置きたいってわけだ。
「そこで、一触即発の空気云々に戻るのですが、要は王国兵士が踏み込んできたら抵抗しているように見せかけてください。さすれば断罪の放棄、任意同行の要求へと話を繋げられます。穏便に、なんてことはくれぐれもないように。逃げるのでも話し合うのでもなく、戦う姿勢を見せてください。ワタシもそういう展開が作れるよう促します」
真剣語るコームさんの論理は完璧だった。
これはたしかに活路だ。
咲矢と一緒にマジーカに行くことはできなくなるが、命を脅かされることに比べたらよほどいい。
さっさと闇の謎を解明して、さっさと解放してやればいいだけの話だ。
「わかりました。一世一代のハッタリをかましてやりますよ」
「それはよかった。ではこれを」
コームさんは鞄の中から一冊のノートを取り出した。
「なんすかこれ?」
「当日の台本です」
「台本⁉」
「ワタシとダイチさんの台詞を。王国兵士がどんな言動を取るかは当日になってみないとわからないので、数パターン用意しています」
「そこまで⁉」
飯屋のメニューもノートにまとめていたし、どれだけ小まめなんだこの人は。
てか何度も言うが……その姿勢、仕事に生かして!
「ど、どれどれ……」
俺は困惑しながらもノートをパラパラとめくる。
「……って、俺の煽りエグくないっすか? めっちゃ嫌なやつみたいじゃないですか」
ノートには兵士を挑発するような台詞が多数あった。
「一触即発の空気がすぐ作れそうでしょう?」
「ま、たしかにそうっすけど……」
「あと場所ですが、王国兵士が踏み込む際、ギルドにいるといいと思いますよ」
「ああ、一般人に見られると厄介ですもんね。あそこなら冒険者しか来ないし」
「まさにその通りです。王国兵士がやってくる日の判明が前日になりそうなのでギリギリになりますが……」
「一日もあれば充分っすよ。適当な理由作って誘導しときます」
「頼もしいですね」
こうして談合が成立した。
来たるべき日が来れば、俺とコームさんの手の中で事を回す。
「あ、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんでしょう」
「なんで俺に協力してくれるんですか?」
最近仲良くなってわかったが、コームさんは事なかれ主義だ。
こんな面倒ごとには首を突っ込みたくないはず。
「い、いけませんか?」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
それもそのはずで、いつも冷静沈着なコームさんが顔を真っ赤にして動揺している。
なぜだ?
「いけないというのは……?」
「ゆ、友人のために一肌脱ぐことはいけませんか?」
「へ?」
驚いた。
コームさんがこんなこと言うなんて。
そんな彼女はハッとなったのち、うつむく。
「……ごめんなさい。ずうずうしいですよね。歳が倍以上離れているおばさんが友人なわけないですよね。迷惑ですよね」
ズーン、と。
落ち込んでいるのが目に見えてわかった。
「なに言ってんすか。コームさんと俺は友達っすよ。歳なんか関係ないっす」
「え⁉ そうですか⁉」
跳ね上がった顔は一変して満面の笑み。
こんな表情豊かだったとは知らなかった。
コームさんって、実は面白い人だったんだな。




