0082 コームさんの策(1)
――3日前――
「ダイチさん、ランチに行きましょう」
「ああ、コームさん。もうそんな時間ですか? んん、ちょっと早すぎないっすか? まだ11時もきてないっすよ。だいたい昼休みにもなってないでしょう?」
「外回りのついでです」
「そんなこと言っちゃって。嘘だとすぐわかりますよ。ま、腹が減ったのなら付き合いますけど」
「さすがダイチさん。味だけじゃなく話もわかる。さっそく行きましょう」
「誰か誘いますか。おーいライ、モガッ!」
「まあいいじゃないですか。ささ、早く早く」
「モガモガモガ???」
街の修繕作業中、いつもと変わって強引なコームさんに早めの昼飯を誘われた。
少し違和感を覚えつつも、俺は誘いに応じる。
「今日はどこに連れて行ってくれるんすか?」
「いきつけの喫茶店です。静かな雰囲気がお気に入りで、仕事をサボりたいときによく、いや、昼休みや業務後によく寄るんですよ。今日はそこのオムライスをご賞味いただきます」
「楽しみっすけど、仕事はちゃんとやってくださいね」
こうして誘われるがままホイホイ付いて行くと、目的の喫茶店に到着。
……ってあれ?
『本日の営業は終了しました』
扉の取っ手にはそんな札が掛けてある。
「やってないじゃないっすか」
「今日は店の定休日です」
「いやそんな自信満々に言われても……じゃあなんで誘ったんすか?」
「話は後です」
「あ、ちょっと!」
定休日だというのにコームさんは勝手に店の中に入っていった。
店側からしたら相当迷惑なことだろう。
今日のお誘いといい、こんな強引な人だったか?
「そんなことしたらダメっすよ」
俺はコームさんを止めるため後を追って店に入ったが、
「「いらっしゃい」」
「どうも。今日は無理を言ってすみません」
「全然かまわないよ」
「ワシらもコームちゃんの顔が見れて嬉しいわい」
老夫婦、だろうか。
店を切り盛りしていると見受けられる2人は歓迎ムードだ。
どうやら今日の来店の話を通していたらしい。
「あらあら、随分と男前を連れてきたねえ」
おばあちゃんが俺の顔を見て言う。
「恋人かい?」
「コームちゃんも隅に置けんなあ」
「まさか。歳が離れすぎているでしょう」
そういやコームさんって何歳なんだ?
聞いてみよーっと。
「コームさんって何歳っすか?」
「38です」
「え⁉」
うっそだろおい! 俺の倍以上じゃねえか!
20代後半くらいかと思ってた。てか前半でも通じるぞ。
うーん……美味い飯が若作りの秘訣だったりするのかなあ?
「今日もいつものでいいかい?」
「はい。いつものオムライスを2つお願いします」
「あいよ。ちょっと待ってな」
俺とコームさんはカウンター席に座る。
「で、話があるんすよね?」
「まあまあ、オムライスが来てからでいいじゃないですか」
軽く流され、運ばれてきた水を飲むくらいしかやることがなくなった。
お誘いから入店までは強引だったものの、今隣に座るコームさんはいつものように冷静沈着そのもので、フライパンを持つおじいちゃんをジッと眺めている。
彼女曰く、料理ができる過程を目にするのも食事の楽しみの1つらしい。
オムライスはすぐに出来上がった。
「あいよ。おまちどう」
「ありがとうございます」
「坊主のは超大盛りにしといたぞ。若いからいっぱい食うだろ。あ、余計な金は取らないから安心しろよ」
「あざっす!」
さすが超大盛りというだけあってでかい!
コームさんに置かれた普通サイズの3倍くらいある。
どれどれ味は……美味い!
ケチャップがかかったオーソドックスなオムライスはどこか懐かしさを感じさせる。
世の中には『ふわとろ卵』『デミグラスソース』なんて一口にオムライスと言っても色々あるが、やっぱこういう定番も外せなないよな。
「じゃあコームちゃん、ワシらは買い物に行ってくるから」
「ゆっくりしててね」
……ん?
「本当にありがとうございます」
……え?
いざ二口目にいこうと思ったところで老夫婦は外出し、店内には俺とコームさんふたりだけが残された。
今この喫茶店は店員不在で客だけがいる。
飲食店でこんな状況あるか?
不思議に思った、そんな中で、
「……昨日、聞き捨てならない情報を耳にしましてね」
コームさんは唐突に話を始めた。
「秘密裏にダイチさんだけに知らせておきたくて、ここのマスターと奥様にお願いし、この状況を作りました。事情を深掘りしようとせず、快く場所を提供してくれたマスターと奥様には感謝しかないありません」
「は、はあ……」
こうまでして知らせたい話とはいったいどんなのだろう?
困惑拭えない俺に、コームさんは衝撃の一言を放った。
「サクヤさん、いますよね」
「はい。……はい⁉」
どうして知ってるんだ⁉
咲矢の存在を知る者は、騒動の渦中にいた萌生・ライム・ドミゴ・月上京花、あとギルドの冒険者達しかいないはず。コームさんには話していない。
それに『闇の破壊者は消滅した』とデマを流したから、真実を知る者以外にはその誤報が浸透しているはずだ。
困惑はさらに加速。
気が動転しそうになった。
落ち着かなくなって、なんとなくオムライスをぱくり。
そんな俺に、新たな情報が追い打ちの如く襲いかかる。
「そのサクヤさんですが、王都から王国兵士がやって来てもうすぐ捕まります」
「ブー!」
口に含んだオムライスが皿に戻った。
「ちょ、ちょっと待ってください。なんで咲矢の存在を知ってるんすか⁉ そしてなぜ捕まるんすか⁉」
「順を追って説明します」
コームさんはスプーンを置いてあらたまる。
「まずは事実確認から。闇に取り憑かれたサクヤさんが街で大暴れ、ツキガミキョウカさんとダイチさんが奮闘、ダイチさんが撃破の上、周囲にいた人々を説得しサクヤさんの身柄を武具屋に避難させた」
⁉
全部合ってる。
「どこで知ったんすか⁉」
「すべて街に駐在する王国兵士が陰ながら見ていたのです」
「な⁉」
まさかあの場にまだ人がいて見られていたとは。
くそっ、全然気がつかなかった。
「彼ら兵士はワタシと同じく王都から派遣される身で、末端ではありますが国王様に仕える立場にあります。ですので見たままのことを律儀に王都へ報告。そして昨日、国王様からのご命令が届きました」
「その命令が……」
「はい。『総責任者をコームとし、罪人サクヤを王都に強制連行せよ。追加の兵士を王都より遣わす。その者達のリスタ到着が執行開始のときである』と」
「罪人……」
インパクトのある言葉に、喉からひゅっとなにかが落ちた感覚がした。
「……罪人になるとどうなるんですか?」
「当然場合にもよりますが、街を破壊し人に危害を与えた罪は軽くありませんよ。命の保証はできかねます」
「知らせてくれてありがとうございます」
俺は席を立った。
呑気にオムライス食ってる場合じゃねえ。
「どこへ?」
「どこかへ」
時間がない。
追加の兵士が到着するまでが勝負だ。
「咲矢をつれて逃げるんです。まだ目が覚めてないっすけど、抱えて走ります」
「無謀です。逃げ切れるとお思いですか?」
「逃げ切ります」
「無理です。街に遣わされる追加兵士は10人そこそこですけれども、逃げたとなれば0が2つ増えますよ。その場しのぎにしかなりません」
「それでも黙って罪人にさせるわけにはいかないんで」
席を離れ、コームさんに背を向けた。
そして駆け出そうとしたとき、似合わない大声が飛んできた。
「そういうのは最後の手段です! なにも打つ手がなくなったときにしてください!」
「じゃあ他に手段があるんですか!」
「あります!」
断言。
思わず振り返り、彼女を見た。
推測だが、嘘は付いていない。目がそう語っている。
「策があります」
コームさんは手招きし、席に戻れと無言で促す。
俺はやけくそ気味ではあったが、それに従った。
「ダイチさん」
コームさんは元通り冷静になりながらも、言葉に少し自信をのぞかせて言う。
「ワタシと一芝居うちませんか?」




