0081 それぞれの旅路
「その任意同行、オレも加わらせてもらう」
――ザワッ――
なに⁉ ドミゴが……⁉
場がざわめき、俺も思わず目を見開いた。
「意図が読めませんが」
「わからんか、ボディーガードだ。剣と杖の所持も所望する。サクヤに手を出そうものなら容赦はせんぞ」
自身の大きな身体をドンと叩き、言い放った。
ドミゴのやつ、咲矢のために……。
でもコームさんはそれを許すのか?
「……許可します」
ゆ、許した!
「へっ、ありがとよ」
「ただしあなたおひとりまで。それ以上は許容できません」
「ああ、わかった」
予想外の出来事だったからだろう。
コームさんは「ふう……」と息を吐き、毅然たる態度を崩した。
だがそれも一瞬に終わり、
「明朝、サクヤさんとあなたをここにお迎えに上がりますので、準備は今夜のうちに済ませておいてください。それでは」
必要最低限のことだけ告げ、颯爽と去ろうとする。
王国兵士達に「行きますよ」と言い、踵を返した。
……そのときだった!
「させませんよ……!」
「なっ⁉」
目覚め、髪を揺らし地を這いつくばる。
まるで地縛霊のような動きでコームさんの脚を掴んだ女がいた。
そう、ライムだ。
「サクヤさんをどこに連れて行く気ですか? 彼はワタシ達とマジーカに行くのですよ。横暴は許しません」
ライム、お前……
「サクヤさんがいなければ三角関係がなくなるじゃないですか! 顔のいい男性3人が繰り広げる愛の物語! ワタシの桃源郷! それを奪うなんて許しません! ぶっ壊されたいんですか!」
おいこら!
思わずずっこけそうになった。
たぶんこの場にいるほとんどがそうだろう。
「え、あの、あなたは何を言っているのですか……?」
コームさん、その反応、大正解です。
「はあ、これだから素人は……」
じゃあお前はなんの玄人なんだよ。
「いいですか、この世で最も尊いのは男性同士の恋愛でして、それに三角関係という憎しみと慈しみが入り交じることにより――」
「こらライム! まとまった話をややこしくするんじゃねえ! コームさん、無視してください」
俺はコームさんからライムを引っぺがした。
こいつ、まだ悪酔い継続中だな。
「ああ、話はまだ終わっていませんよ」
「お前は静かにしてろ! じゃあコームさん、さようなら」
「は、はい、さようなら……」
こうしてコームさんと王国兵士は困惑顔で去って行った。
うーむ、なんだか申し訳ない気分になる。
それにしてもライムのやつはちょっといただけないな。
1度ガツンと言ってやった方がいいかもしれない。
「おいライム、ライム、ライ……」
「zzzzzz」
寝てやがる。
もういいや、ほっとこ。
「ドミゴさん、ぼくなんかのために、ごめんなさい」
一方で弱々しい声を絞り出すのは咲矢だ。
「気にするな。いてもたってもいられなくなったんだ」
「でも、王都に行けば大好きな武具の製作もできませんよ……」
「今はお前のボディーガードの方が大切だ」
「ドミゴさん……」
ドミゴの優しい言葉で咲矢の表情に少しの安堵が浮かぶ。
目覚めた直後と合わせて、咲矢は2度もドミゴに救われたな。
「ドミゴ、すまんが咲矢を頼んだぜ」
「ああ、任せろ」
「俺もできるだけ早くマジーカに向う」
取り憑いた闇の謎を早々に解明したい。
さすれば事情聴取を受ける咲矢の早期解放にも繋がるだろう。
「萌生、明日の朝出発しよう」
「了解でヤンス!」
萌生は勢いある返事を間髪入れず寄越した。頼りになるやつだ。
そして次にチンピラ冒険者が口を開く。
「オレも旅に出るぜ。色んな街へ行って闇についての情報を集めようと思う。行き当たりばったりな聞き込みになるけど、なにもしないよりいいだろ」
なんと⁉
「考えたな。オレもついて行くぜ」
「オレもオレも!」
「オレもだ!」
「みんな考えは同じのようだな」
「何班かに別れて手分けしよう」
チンピラ冒険者の考えに他の冒険者も同調した。
こいつら……なんていいやつらなんだ……。
「皆さん……ありがとうございます」
感涙した咲矢。
「おいおいまだ解決したわけじゃねーぞ」と優しいヤジが飛ぶ。
「でもすぐに助け出してやるからな」
「オレ達に任せとけ」
「大船に乗った気でいていいぞ」
頼もしい言葉も後に続いた。
「よし、そうと決まれば今日は早く寝るぞ。翌朝、またここに集合だ!」
「「「「「おう!!!」」」」」
ドミゴの締めの言葉で会はお開きに。
明日からは皆それぞれ別の場所で躍動する。
俺・萌生・ライムはマジーカへ。
ドミゴ・咲矢は王都へ。
そのほか冒険者達も別の街へ。
互いに距離は生まれる。だが、志は同じだ。
――咲矢に取り憑いた闇の謎を解明する!――
決意に満ちた熱気に場が包まれた。
そんな中……スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てるやつに俺は声をかける。
「おいライム、会はお開きだ」
「ううう……」
返ってきたのはうめき声。
かまわず続けた。
「マジーカへの出発が翌朝になった。早く布団で寝ろ」
「ううう……起き上がれません」
「さっきあんなに元気だったじゃないか」
「……はい? さっきとは?」
「無意識だったのかよ。酒って怖いな」
普段のお前も充分怖いが。
「よくわかりませんが、抱っこしてお布団までつれていってください」
なに⁉
ライムは酒に酔った赤ら顔でふにゃっと笑い、両手を伸ばしてきた。
こいつがこんなこと要求するなんて珍しい。
普段なら『ダイチさんの腕に抱かれていいのは美男子だけです』とか言いそうなのに……。
本当に酒って怖い。
だが、悪い気はしなかった。
「えっ、なっ、ったく、しょうがねーな」
なぜか言葉がどもる。
顔も熱くなる。俺は酒なんか飲んでないのに。
ただ酔ったやつを介抱するだけなのに、なぜこうなる?
「ほら、ライム」
「わーい」
伸ばされた手を掴むと、ライムは幼い子供のような声を出しながらしがみついてきた。
まるでコアラのようだ。
この体勢は歩きにくいし、いわゆるお姫様だっこよりも密着面積が増えて……なんか……なんか!
「ラ、ライム、この体勢は歩きにくい!」
「そーですか」
「だからもっとこう……」
「zzzzzz」
「って寝るな!」
こいつ……本当にマイペースだな!
「大地君、大変でヤンスね」
「い、いや、これくらいどうってことないぜ」
「へえ、へっへっへっ」
萌生はなぜかニヤついた。
なにが言いたい?
「じゃあ俺、先に出るから」
なぜか早口。そして逃げるように食堂を後にした。
無理に起こすのもあれなので、歩きにくいコアラの体勢のまま運び出す。
顔はどんどん熱さを増していく。
どうしてこんなことになるのだろう……?
理由は不明。
だがさっきギルドを満たした熱気とは種類が違う。
それくらいはなんとなくわかった。
――――
ライムを宿まで送り届けた俺は、同室の萌生が寝付いた後で再び外へ飛び出した。
冷えた夜風は火照った顔にちょうどよかった。気持ちが良い。
だがこの夜中の外出は、別に火照りを冷ますのが目的なわけではない。
向かった先はギルドとは反対方向にある喫茶店。
目的はある人物と落ち合うためだ。
しばらく歩き、着いた。
ドアの取っ手に札が掛けられてある。
『本日の営業は終了しました』
……知ってる。だから来た。
札を無視するかの如く取っ手を引いて入店する。
夜中の店内には小さなランプがひとつあるだけで、それは目の前にいる人物を微かに照らす。
「うまくいきましたね。ダイチさん」
非常に見えづらいが、密談を行うにはこれで充分だ。
最悪声がわかればそれでいい。
「そうっすね。コームさん」
話は少し遡る。
☆Regular Member☆
陽川大地
御手洗萌生
ライム
不動咲矢→EXIT




