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0076 咲矢とドミゴ

「ハッ! 緑の化け物!」


「緑の化け物?」


「こっち見ないでください。ワタシじゃなくてゴブリンのことでしょう?」


 ゴブリンを見て気絶した咲矢だったが、今度は数分で目覚めた。

 さすがにまた10日間も気絶されるのは勘弁だからな。


 上半身を起こした咲矢はキョロキョロと辺りを見渡す。

 そして布団と寝間着姿の自身を見た後ほっと一息。


「なんだ夢か……」


「夢じゃねーよ」


 なかなか信じないやつだな。

 そんなにも異世界転生が受け入れられないか?


「もう一度外を覗いてこいよ」


「いやいやいいですよ。もうドッキリは充分堪能しました。個性的なエキストラまで用意して手が込んでますね。ぼく、事故に遭って気を失っただけでしょう?」


「いいから行ってこい! ダッシュ!」


「は、はい!」


 語気を強めて言うと咲矢は飛び起きた。

 そのままドタドタと駆け出していゆく。

 

「おお、体育会系の先輩後輩みたいでヤンス」


「実際そうだからな」


「ダイチさん、ワタシを化け物呼ばわりしたこと、忘れませんからね」


「冗談だよ冗談。わるいわるい」


「もう!」


 ライムは頬を餅のように膨らませた。

 かわいいなおい。


 ――ドタドタドタ!――


 そうこうしているうちにさっき遠のいた足音が今度は近づいてくる。

 帰ってきたのは冷や汗を垂らした咲矢だ。


「ゆ、夢で見た中世ヨーロッパ風の町並みを見ました……。セットとは思えないくらい広がってました……」


「てことはドッキリじゃないわけだ」


「じゃあ森の中にいた緑の化け物も本物ですか⁉」


「あれは魔物。ゴブリンという」


 顔を真っ青にした咲矢。

 フラフラとへたり込み、目を回す。


「じゃ、じゃあ今まで現実と思っていたのが夢? 海帝山高校の誘いを断り秀明高校に入学し夏のインターハイを制覇して冬の選手権大会本戦に備えていたあの日々は偽物……?」


 ついには前世を夢だと勘違いし始めた。

 混乱極まれり、だな。


「陽川大地ファンクラブ員の犯罪スレスレ行為を偶然目の当たりにしてしまって、あまりのおぞましさに数週間食欲不振になった日々も偽物……?」


「……おいちょっと待て⁉」 


 衝撃の事実!

 俺は混乱する咲矢を揺さぶった。


「犯罪スレスレ行為ってどんなのだよ⁉ あの人達はなにをした⁉」


「と、到底口には出せません~。これは墓場まで持って行きます~」


「1度死んでるんだから墓場に来たようなもんだろ! さあ吐け!」


 やはりあのファンクラブはとんでもない厄介軍団だ。

 インテリヤクザ(修介)が言ってたようにぶっ潰してやればよかった……。


「ダイチさん、サクヤさんがさらに目を回しているじゃないですか。こういうときは優しくしてあげないと。ギュッて抱きしめて頭ポンポンです」

 

 ライムは微笑みを浮かべて言った。

 お前がそのシチュエーションを見たいだけだろ。


 でもまあ……ここで咲矢を追求しても仕方ないか。

 

 あの人達の厄介行為は過去のこと。

 この世界に陽川大地ファンクラブはない。忘れてしまうのが吉だな。


 俺は咲矢から手を離す。


「現実……夢……どっちがどっち……?」


 あーあ、酷い混乱だな。俺が揺さぶって拍車を掛けたせいもあるけど……。


   

       

 ――「ぼく、どうしてこんなところで寝ていたんですか? いつものように下校していたはずなのに気付いたら面白軍団に囲まれて、わけわかんないです」――


 

 こんな感じに急に異世界転生したんだ。

 自分もそうだったから落ち着かないのはわかる。


 ……ん? てことは、こいつも太陽神に会っていない?


 事実、顔は変わっていない。

 闇に取り憑かれていたときの強さは今も健在か?


「咲矢、腕相撲やるぞ」


 物は試しだ。

 俺は床に肘を付けた。


「う、腕相撲……? わかりました……」


 混乱の最中ではあるが、咲矢は俺の誘いに応じる。

 拳を握り合い、構えた。


「ダイチさんたら……手を繋ぎたい気持ちをカモフラージュしちゃって……でも、そんなもどかしさも素晴らしい……」


 約一名うるさい外野がいるが無視だ。

 

「全力でこいよ、レディ、ゴー!」


 俺の合図で腕相撲開始。

 咲矢は顔を真っ赤にさせて頑張っている……が。


 まるで大したことない。


 様子見状態の俺の腕は一向に動かず。

 闇に取り憑かれていたときはもっと腕力があったはずだ。


 やはりこいつも、太陽神からなにも貰ってないな。


「なるほどわかった」


 もう充分だとばかりに一気に決着をつけた。

 俺の勝ち。いえい。


「だあー! 大地先輩には敵いませんよ。インターハイ遠征の時やった腕相撲大会だってダントツで優勝して差し入れのシャインマスカットを独り占めしてたじゃないですか」


「いやいや、なんだかんだで修介と圭一に半分以上食われたからな。だいたい一房しか贈ってこなかったOBが意地悪なんだ」


 ……って、今はそんなことどうでもいいか。

 内輪ネタが強すぎて面白軍団達が置いてけぼりになってる。


「どうだ。少しは落ち着いたか?」


「あっ、はい。腕相撲のおかげで冷静になれました。結局、よくある異世界転生の話がぼくに降りかかったって考えていいんですよね?」


「ま、そんな感じなんだろうな」


「ところでさっき、『なるほどわかった』と言ってましたが、なにがです?」


「えーと、まず俺達は転生者と言われていてだな、そして転生者は普通なら神から――」


「あっ、そうそう、それよりも!」


 こいつ、先輩の話を遮るとはいい度胸してるな。

 厳しい『指導』が必要か?


「外に出たとき気付いたんですが、所々で建物が壊れてましたよね。どうしてです?」


「……え?」


 デコピンの構えにあった手がピタリと止まった。

 場の空気が凍る。


 いやお前のせいだよ、と誰しもが表情でツッコミを入れた。


「あー……それはだな……まず俺とお前がどんな形で再会したかを語る必要があるな」


「え? 気絶してるところを拾われた、とかじゃないんですか? てかそれが建物の欠損と何の関係が?」


 関係大アリなんだよなあ。

 できることなら、そんな捨て犬を拾うみたいなノリで再会したかったよ。


「……話は10日前に遡る」


 俺はかつての猛犬状態を咲矢に告げた。


 原因不明の闇に取り憑かれて再会したこと。

 呼びかけたが、反応がなかったこと。

 人や建物に危害を加えてしまっていたこと。

 

 つまり、建物の欠損はお前の仕業であることを。


 咲矢の顔が一気に青白くなった。


「ま、まじですか……?」


 俺は肯定を意味する頷きをひとつ。

 

「そ、そんな……ぼく……」


 悲痛を物語る顔面からは今にも涙が溢れ出しそうだ。

 見ちゃいられねえ。


「……ごめんなさい」


 その声も悲痛に溢れていた。

 咲矢は床に手をつき、震える声で「ごめんなさい」を繰り返す。

 しばらくしても顔が上がることはない。

 やがて「ごめんなさい」は嗚咽混じりになる。


 かけるべき言葉が見つけられずにいた中、ひとりの男が動いた。

 そいつは咲矢の肩をがしっと掴み、言う。


「謝るな」


 発言の主はドミゴだった。

 目を腫らした咲矢の顔が上がる。


「オレとお前は出会ってわずかだが、その短い間でお前の素顔はわかった。断言できる、お前はイイヤツだ。あれはお前のせいじゃない。原因不明の闇のせいだ。だからもう泣くな。悪気を感じるな」


 咲矢はまた涙を流す。

 だが、その涙には不思議と悲痛を感じなかった。

 感涙だ。


「ご、ごめんなさい……」


「おっと、オレは謝るなと言ったはずだぞ」


「あ、ありがとうございます……」


「ふん、礼を言われる筋合いもねえよ」


 ドミゴは掴んだ咲矢の肩をバンと叩く。


「よし、しみったれた話は終いだ! てかダイチ、こういう慰めはお前の役割じゃないのか? なれないことしたから肩が凝ったぜ」


「ははは、そうかもしれないな」


 いや、それは違うぜドミゴ。

 顔見知りの俺が慰めても意味をなさない。

 元からこの世界にいるお前から慰めてもらえたことが、咲矢は嬉しかったんだよ。


「なあお前ら、まだ互いの名をはっきりと知らないんじゃねえの?」


 俺の言葉に、ドミゴ・咲矢は双方ともハッとなる。


「そういやそうだな。オレの名前はドミゴだ。よろしくな」


「ぼくの名前は不動咲矢です。気軽に咲矢って呼んでくださいね」


 ふたりが笑顔を向け合う、そんな中――

 

「なんだか新たな『繋がり』が芽生えた気がします……素晴らしい……」


 こらライム、感動の場面に水を差すな。


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