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0074 ランチ友達

「ダイチさん、ランチに行きましょう」


 萌生のヤンスが復活し、集中して街の修繕作業を行っていた俺、陽川大地。

 そんな俺の元にひとりの女性がやってきた。

 

「ああ、コームさん。もうそんな時間ですか?」


 彼女の名は公務……じゃなくてコーム。

 そう、ギルドにいる案内役の女性だ。


 実はコームさんとのランチ、最近の恒例である。

 会話のテンポが合わなかったりノリが悪かったりで、最初の印象こそいいものではなかったが、今では仲の良いランチ友達だ。

 

 こうなった事の発端はマリカの料理にある。



    ***


 騒動の翌日、つまりは街の修繕を開始した初日。

 昼飯をギルドの食堂で食おうという話になり、俺も特になにも考えないまま同意した。

 ところがいざ向かう最中、ビビッと防衛本能が働く。


 あれ? ギルドはマリカがいるじゃん?

 で、昼飯の時間じゃん?

 

 ……まずくね? 2つの意味で。


 すでに3色のパスタと5色の丼の餌食になっていた俺は恐怖で震えた。

 

 7色のピザとかいうさらに恐ろしい存在もドミゴから聞いたし、このままギルドに向かうのは死に向かうのと同義。

 

 こうして俺はひとつの結論に出した。


 逃げよう。


 そこからは早かった。

 両隣を歩いていた萌生とドミゴに『俺は逃げるぞ』と告げ、一目散に駆け出した。

 

 尻目にドミゴは『ああ、得策だ』と全てを察して頷く。

 萌生は、『僕も一緒に』と言ったような気がするが……。

 

 頭の中は恐怖で支配され、言葉が入ってこない。逃げ足が止らない。

 気付けば過去一番の俊足を発揮し、萌生を置き去りにしてしまった。


 許してくれ萌生……いや、待てよ。


 マリカが料理するとき、あいつだって逃げたよな。お互い様だ。

 

 罪悪感もそこそこにギルドから遠く離れた定食屋に飛び込んだ。

 ここで昼食を取ろう。なんだか孤独のグ〇メみたいでワクワクする。


 扉を開けた途端、良い匂いが鼻腔をくすぐった。

 これは……味噌の香りか?


『いらっしゃいませー!』


 そして店員の威勢いい声。

 雰囲気の良さを感じながら、『こちらへどうぞ』と案内される。


 カウンター席とテーブルが数個のこぢんまりした店だ。

 お昼時ともあって、案内されたのは唯一空いていたカウンター席。

 

 ギリギリセーフだなと安堵し、腰を下ろしたときだった。


『あっ』


 思わず声が出た。

 隣にコームさんがいたからだ。

 孤独のグ〇メは終了。


『こんちゃす。コームさんもここで昼飯っすか?』


『はい』


 ……はい。


 コームさんはこちらに一瞥と素っ気ない返事をくれただけ。

 それ以上気にする素振りを見せず、黙々と箸を進める。


 食事中なのはわかるが、もうちょっと反応がほしいなあ。

 印象に違わない行動を取る人だ。


 ま、それはさておき飯を食おうとメニュー表を手に取る。

 

 鶏の唐揚げ、ハンバーグ、豚の生姜焼き、etc...


 さすが定食屋とあって色々あるが、なににしよう?

 

『鯖味噌』


『え?』


 悩んでいたそのとき、コームさんが口を開いた。

 目は料理の方を向いているが、俺に言ってるのか?

 てか、コームさんも鯖味噌食べてる。


『この店は鯖味噌がオススメです』


『そ、そうっすか』


 特に食べたいものがあったわけでもないので乗ってみることにした。

 お冷やを持ってきてくれた店員に鯖味噌定食を注文。

 

「そんなに美味いんすか? ここの鯖味噌」


「はい」


「コームさんはこの店よく来るんですか?」


「はい」


「……いやあ、今日も良い天気ですね」


「はい」


「……」


 こんなにも楽しくない会話はなかなかない。

 てか、会話にすらなってない。


 コームさんとコミュニケーションを取ることを諦めた俺は水を飲みながら店主の包丁さばきを無言で眺めていた。

 微妙に気まずい中、頼んだ鯖味噌定食が数分で運ばれてきたのは有り難かった。


 さっそく鯖味噌から手を着ける。


 それにしても良い香りだ。

 入店した瞬間に漂ってきた香りと同じ匂いがする。


 期待が膨らむ。

 はたして味はいかほどか?

 一口大にほぐし、口へ運んだ。


「……美味い!」


「ほう、わかりますか」


 コームさんが問うてきた。

 俺は正直な感想を続ける。


「ええ、めっちゃ美味いっすねこれ! 身はフカフカ、皮もホロホロで柔らか。さらになんといっても味噌! 芳醇で深みを感じます!」


「ご明察」


 コームさんの眼鏡が光った。


「そう、ここのオススメは味噌料理。その中でも鯖味噌はイチオシです。こだわり抜いた味噌が染み渡った鯖はまさに山と海の宝石箱」


 あんたは彦〇呂か。


「これは後生に継ぐべき逸品です」


 熱弁を振るうコームさん。

 新たな一面を見た気がする。


「へえ……食べるの好きなんすか?」


「いえ、正確には昼食好きといったところでしょうか」


「昼食好き?」


 それはまた聞き慣れない単語だ。


「仕事をしてると日中の楽しみは昼食に限られますからね。その時間をより良く過ごすために研究分析に励んでいるのです。あらゆる店のメニューひとつひとつをまとめたノートは10冊を越えました」


 それはすごい。

 だがそのやる気を少しでも仕事に向けてほしいと思うのは俺だけだろうか?


「じゃあ他の店の美味しいメニューも知り尽くしているんすね」


「もちろん。美味しい物はまだまだ沢山ありますよ。よければ明日もご一緒にどうですか?」


「えっ、いいんすか?」


「はい。ダイチさんを味のわかる方とお見受けしましたので」


 これがコームさんとランチ友達になったきっかけである。

 以降、萌生を交えたりライムを交えたりドミゴを交えたり、メンツはそのときによって様々だがコームさんとの昼食が続いている。

 

 そして彼女の情報量とその正確性は凄かった。

 和食・洋食・中華・イタリアン・フレンチ、どこに案内されても大当たり。

 特に5日目に食った蕎麦屋のカツ丼は絶品だったな。


    

      ***

 

 

 そんなコームさんに今日も今日とてランチに誘われたわけだが、


「んん、ちょっと早すぎないっすか? まだ11時もきてないっすよ」


 今日のお誘いはやけに早い。

 太陽もまだ昇りきってないのにそんなに腹が減ったのか?

 自分が言うのもなんだが、運動部所属の男子高校生みたいだ。

 

「だいたい昼休みにもなってないでしょう?」


「外回りのついでです」


「そんなこと言っちゃって。嘘だとすぐわかりますよ」


 この人の業務に外回りなんかないだろ。

 営業職じゃないんだから。


「ま、腹が減ったのなら付き合いますけど」


「さすがダイチさん。味だけじゃなく話もわかる。さっそく行きましょう」


「誰か誘いますか。おーいライ、モガッ!」「まあいいじゃないですか」


 手で口を押さえつけられた。

 

「ささ、早く早く」


「モガモガモガ???」


 なにをそこまで急いでいる?

 そしてなぜ喋らせてくれない?


 首をかしげた俺は強引に連れられ――


 


 ――かなり早めのランチを済ませ、現場に戻ってきた。

 

 


 今日は喫茶店のオムライス。

 安心と信頼のコームさんお墨付きだから、もちろん美味かった。


「……」


「あ、大地君!」


「……おう萌生」


「どこ行ってたでヤンスか!」


「早めの昼飯だ。そんなに急いでどうした?」


 尋ねると、萌生は耳元で囁いた。


「目覚めたでヤンスよ。咲矢君」


「まじか!」


 気絶し続けること10日間。

 ちゃんと目覚めるのかと日を追うごとに不安が募っていたが、ようやくそのときがやってきた。


「よし行くぞ!」


「うん!」


 俺と萌生は武具屋へ駆けた。


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