0073 これからもヤンス(フェイズ萌生)
闇の破壊者の大暴れ。
リスタを恐怖に陥れたこの騒動が起きた日の夜、僕、御手洗萌生はライムちゃんと一緒に大地君の話を聞いていた。
『神剣サンソレイユを手に取ったとき、不思議な感覚がしたんだ』
と、大地君は語る。
そしてさらに詳しく付け加えた。
『なんか、咲矢の一手先が読めたんだよ』
それが本当なら炎なんて目じゃないほどの効果だ。
たしかに、大地君とサンソレイユについては端から見ていて不可解な点があった。
・これまで攻撃が通じなかった相手に通じたこと。
・勢いよく斬ったはずなのになぜか相手が無傷だったこと。
試しに僕も触らせてもらったけど、大地君が言う身体や感性の変化は起きなかった。
大地君自身も、あの不思議な現象は闇が消えて以降なかったらしい。
ということは、だ。
あの剣には炎以外のなにか特徴があって、
闇の破壊者を相手にしたときに限って、
大地君がその力を引き出した。
なんてことになる。
まだまだ不確かなことだらけだが、いずれ明らかになることも多いだろう。
だって神剣サンソレイユは今、大地君の腰に収まっているのだから。
炎の剣士と呼ばれた月上京花が手放し、彼に託したらしい。
神の剣の入手。
嬉しいはずの出来事なのに大地君はなぜか不満げだった。
『あいつめ、ふざけやがって』
とか呟いて悪態をついていた。
大地君と月上京花の間でどんなやり取りがなされたのだろうか?
気になって尋ねると。
『あいつ、冒険者辞めるってよ。敗北のけじめらしいぜ。くだらん』
これには驚いた。
あんなに強いのに辞めるだなんて。
敗北だって、攻撃が通用しなかったから仕方のないことだ。
けじめか……。
少しおかしな言い方だけど、男気あるなあ。
佇まいといい、ギルドの裏庭で目の当たりにした独特の気迫といい、なんだか武士みたいだ。
顔は凛としていて美人なのに。太陽神に弄ってもらっていないのが信じられないほど。
『月上京花って、美人でヤンスよね』
ライムちゃんがトイレかなんかで席を外し、男ふたりになったそのとき、そんなことを言ってみた。
実は男友達とこういう会話をするのに憧れていたのだ。
唐突だったからだろう。大地君は「え?」と驚き、
『うーん……考えたこともなかったな』
腕を組み、少し間をおいて、
『でも今思い返してみるとたしかに整った顔してるな。なんだよ、タイプなのか?』
ニヤニヤしながら尋ねてきた。
そうそう、こういう修学旅行の夜にするような会話をしてみたかったのだ。
『そんなんじゃないでヤンスよ。それに、女喰いの女剣士はキツいでヤンス』
『ははは、たしかにそうだ』
友達と恋愛話。
ああ、なんて楽しいんだ。
「そういう意味ではライムちゃんも同じでヤンスよね」
『え? どこが?』
『おかしなところはあるけど顔はいいでヤンス』
『⁉ ……そ、そうだよな。お、お前もそう思うか』
『え?』
『お、俺も同じ意見だ。あ、あいつって、か、かかかかわいいよな』
『え? え?』
目を泳がせる大地君。
やけに初々しく、そしてわかりやすい態度に今度はこっちが驚いた。
なんだ、タイプがあるのはそっちじゃないか。
大地君はライムちゃんのことが好きらしい。
こりゃまたクセのある人に恋をしたなあ。
張本人であるライムちゃんが帰ってきたところでこの話も終了。
そんなこんなで長かった1日は終わりを迎え、そこから7日が経過した日のことだった。
この日の早朝、僕は一大決心をする。
ヤンスを辞めよう。
そう心に決めたのだ。
この語尾は高校入学時、目立つために使い始めた。
だが結果は散々たるもので、かなりよくない目立ち方をしてしまい、自殺を招く原因となってしまった。
言ってしまえば忌々しき語尾である。
しかし、大地君と初めて出会った第一声。
過去に悲劇を招いたこの語尾をうっかり使ってしまい、その後もコミュニケーション下手の僕は訂正できずにいた。
なんかもう根付いちゃったし、いいか、と。
不本意ながらそのまま使い続けようとも思った。
でも、もう今までの僕とは違うんだ!
事実、僕は変われた。
ここ数日街の修繕作業に尽力していたが、そうなると人と接する機会が多くなる。
最初は大地君の近くにいてあまりしゃべらないようにしていたが、今ではそばを離れ、冒険者達に話しかけられたら必要最低限の返答をするくらいはできるようになった。
もっと雑談を交えたり自分から積極的に話せるようになったりしたならよりよいのだが……でも対人恐怖症は確実に消滅へと向かっている。その自覚・自信がある。
今、僕の中に波が来ている。
向上するコミュニケーション能力の大波だ。
乗るしかない! このビッグウェーブに!
語尾を普通に戻すのだ!
そうと決まれば実行あるのみ。
さっそく、寝起きの大地君に試してみた。
『大地君、おはよう』
『おお、おはよう』
『今日も良い天気だね』
『ああ、そうだな』
『早く着替えて朝ご飯食べに行こうよ』
『ああ。……?』
三言目で気付いた大地君は首をかしげ怪訝な表情を浮かべた。
ヤンスと言わなくなった僕に違和感を覚えたようだ。
しかし――
『よ、よーし……朝飯食いに行くか! それにしても萌生、今日はやけに早起きだな!』
大地君から追求はなかった。
昼になっても、夜になっても、語尾についてはなにも触れてこない。
しかしながら彼も気になってはいるようで、反応のひとつひとつがどこか鈍かった。
そんな感じで、双方にとってもどかしい時間は数日続く。
そして、騒動から10日が経過したその日――
「ヤンスはどうしたんだよ! ヤンスは!」
ついに大地君は尋ねてきた。
「いや……まあ……心変わり……的な?」
元来が自殺を招いた忌々しき語尾だったんだよ、なんて当然言えないのでお茶を濁す。
心変わりだって嘘ではない。
大地君の反応ははたして……
「はあ、結構好きだったけどな、お前のヤンス」
⁉⁉⁉
なんと⁉
僕のヤンスが好き⁉
寝耳に水だ。心底驚く発言である。
だけど、こんな変わった語尾を気に入ってくれたのなら……
「……そうでヤンスか?」
また使ってみても、いいかもしれない。
「おお、それそれ! やっぱしっくりくるなあ!」
大地君は満足げな声を上げて満面の笑み。
すっごく嬉しそうだ。
こんな反応をされては、また心変わりが起きる。
できることなら使いたくなかった『ヤンス』が、僕の中でもお気に入りと化していく。
不思議なものだなあ。
自殺の原因となったものが自身と大切な友人のお気に入りになるなんて。
こんなの誰が想像できようか。
こうして忌々しき語尾は、素敵な変化を遂げた。
これからは自身と大切な友人のために使ってゆく。
そう、これからは――
大地君の後輩の咲夜君が目覚め、街の修繕が完了したら、マジーカへ旅立つ。
そこにはどんな展開が待っているのだろうか?
遊びではない。闇の謎を探るという使命がある。
だが、大地君と一緒なら楽しみで仕方がない。
彼となら、
どんな魔物だって倒せるし、
どんな謎だって解明できるし、
どんな所にだって行ける!
根拠はないけど断言できる!
「さあ! 今日も張り切っていくでヤンスよ!」
この世界に転生して、大地君と出会えて、本当によかった。




