0007 プリンスの放課後
爽やかな秋晴れの後には美しき夕日が悠然と現われる。
放課後は部活の時間。
そして俺が一番嬉々としていられる時間だ。
「さあ! 今日も張り切ってサッカーやろうぜ!」
勉強は大嫌い。だがスポーツ、特にサッカーは大好きだった。
「大地、そのやる気を少しは授業に向けろよ」
帰りのホームルームが終わった教室で俺は張り切り、修介は呆れた声を出す。
「授業で溜めていた分を解放しているんじゃないか?」
軽い口調で圭一もやって来た。
「なるほど。たしかに理にかなっている……のか? ただの詭弁にしか聞えないような気もするが。なあ大地、実際のとこどうなんだ? あれ? あいつどこ行った?」
「もう教室から出て行ったぞ。待ちきれなかったらしい」
「はあ……よく考えたらあいつはただ勉強が嫌いなだけだ」
「授業以外は常に元気だもんな」
気付いた時には教室を飛び出し、部室に飛び込んで着替えを済ませていた。
もちろん部内で一番の早さである。
ようやくやって来た他の部員達の着替えを急かし、練習開始。
さっとストレッチとジョギングを済ませた後、普段は英語教師で学生時代は吹奏楽部だったという監督の指示により部員が二つのチームに分けられた。
今から紅白戦が行われる。
ちなみに圭一と修介は相手チームだ。
実戦形式の練習は本当に楽しい。
俺は嬉々としてグラウンドに入り、FWのポジションにつく。
FWに求められるのは、前線に攻め込んで点を取りまくること。
言い換えれば、それが使命である。
そしてその使命を、俺は粋に感じていた。
ピーッ、と。ホイッスルが試合開始を告げる。
……とりあえず、軽く1点取っとくか。
相手チームのFWが持つボール。
それを一瞬にして奪った俺は、相手陣地を一人で駆け上がる。
それはまるで風の如く。
相手のディフェンス陣を颯爽と抜き去って目の前にはGKを残すのみ。
さて、決めるか。
――ズガーン!――
振り抜いた自慢の右脚は、ボールを弾丸に変えた。
烈火の如き圧倒的な威力でゴールネットを揺らし、あっという間の先制点。
「よーし! やったぜ!」
点を取る。
これはFWとしての使命であると同時に、一番の快感だ。
たとえ練習であろうと、いくら慣れていようと、この瞬間は他の何事にも変えられない。
「大地、相変わらず速いな……」
自陣に戻ろうとすると、相手陣地のディフェンスラインを守っていた圭一が感嘆した。
「当然だろ。スピードは俺の真骨頂だ」
へへん、と自慢げに言葉を返す。
シュートの威力・精度もさることながら、俺の他を凌駕する得点力は脚力によるものが大きい。
短距離走ならオリンピックで金メダルだって獲れるぜ。
冗談じゃなくガチで。
「そもそもボール持ってるやつがフィールドで一番足が速いなんて、どう太刀打ちすればいいんだよ」
「はははっ、太刀打ちなんてさせねーよ。さーてもっともっと」
点を取ろうか、と宣言しようとしたそのときだった。
「おーい陽川、下がれ」
え⁉ なんで⁉
高揚感に水を差したのはベンチ前で戦況を見つめる監督である。
開始一分にも満たない戦線離脱命令に業を煮やした俺は、異を唱えるべく詰め寄った。
「監督! なんで俺が交代なんすか⁉」
「えーと……それはだな……」
はっきりしない。
チラチラと目を合わしたり逸らしたりを繰り返し、しどろもどろになっている。
そんな監督を見かねてか、助け船を出した人物がいた。
「監督、気なんか遣わないではっきり言ってください」
凛とした声だった。その声の持ち主は言葉を続ける。
「この紅白戦は控えメンバーのアピールの場だから大地を出す意味はない、そう言えば済む話じゃないですか」
ポニーテールを揺らしながら、ズバッと言ってのけた彼女の名は橘智里。
我が校サッカー部のマネージャーであり、ついでに俺の幼馴染みだ。
その物怖じ知らずの凜々しい立ち振る舞いは、まるで生徒を取り締まる風紀委員が如くである。
まあ、実際は図書委員らしいが。
「そ、そのとおりだ」
監督は智里の発言に乗っかった。
「陽川、お前の実力はアピールしてくれなくてもわかりきっている。全国大会でも頼むぞ」
最後に「この紅白戦は他の選手に出番をやってくれ」と言い残し、監督はメモを取りながら試合を眺める行為に戻っていった。
ふうん。そういうことならまあいいけども……。
「なあ、気を遣うってどういうことだ?」
智里の第一声が気になった俺は本人に尋ねる。
実力がイマイチな選手に『ベンチ外だ』などと告げるのに少々気が引けるのならわかるが、この場合は気を遣う必要などないだろう。
「そりゃ、あれだけ楽しそうにサッカーやってる人を止めるのは気が引けるでしょ。それに……」
「それに?」
「弱小校から急に強豪校になったもんだから、選手の扱いに戸惑ってるんじゃないかな? 特に大地や今年入ってきた一年の子たちに対して」
あーなるほどね。
この秀明高校サッカー部、元々はお世辞にも強いチームとは言えなかった。
それどころか最高成績が地区大会二回戦突破だったから、れっきとした弱小校である。
ところが昨年、急に強豪校の仲間入りを果たすことになる。
その要因となったのが、すさまじい実力を持ったとある一年生の入部であった。
……まあ、俺のことなんだが。
当時一年生ながらレギュラーに抜擢された俺は試合のたびにゴールを決めまくった。
結果、チームは連勝街道をひた走り、あれよあれよと夏のインターハイ・冬の選手権大会で全国制覇を成し遂げた。
偏差値しか取り柄のなかった秀明高校の名がサッカー界で轟いたわけである。
さらに今年になり、俺と共にプレーすることを希望した中学サッカー界の有名選手が多数入学。
かくしてこの学校は強豪校となった。めでたしめでたし。
余談だが、今年の夏のインターハイも優勝は我が秀明高校であった。
だから今度の選手権大会で優勝すると全国大会4連覇だ。
そう考えると、『強豪校』というより『絶対王者』くらいの表現してもいいのでは。
俺はそんなことを思いつつ、『監督は選手の扱いに戸惑っている』と推察した智里に言葉を返す。
「でも、監督なんだからもっと堂々とすべきだ。どんなチームでも監督が目上なのは変わらない」
すると、智里のため息を呼んだ。
「さっきその目上の人に鬼の形相で迫ってたのはどこのどなたでしたかね?」
え、うそ、鬼の形相? そこまでやってた?
早々に下ろされたことに腹を立てたのは確かだが……。
「えーと……まあ……それもサッカーを愛する故の行動というか……」
ジーっと、射貫くような視線が俺に刺さる。
智里さん、そんな表情しないでください。
「……以後気をつけます」
「よろしい」
腕を組み、無駄に貫禄ある声で頷いた。
幼馴染みの智里は、こういう冗談を込めたフランクな姿勢で接してくる数少ない女子のうちのひとりだ。
この雑な感じが心地よかったりもする。
「お役御免みたいだし、ベンチで大人しくしてなさい」
他にやることがないので渋々従う。
少々離れた前方には、背中を見せる監督と、俺のいないフィールドで躍動する選手達。
試合に出てないメンバーは出場の機会をうかがっているのか、ウォーミングアップに余念がない。
のんびりとベンチに座っているのは俺と、隣に座る智里くらいだ。
やることがないって、暇だなあ。
☆Regular Member☆
陽川大地
本田圭一
中村修介
橘智里 ←NEW