0006 プリンスに仕掛けられし罠
「ところでよ、そんなにモテながらなんで彼女作んねーんだよ」
昼休みも中盤。
新聞を読んでいたせいでまだ弁当を半分も食べていない圭一が質問をぶつけてきた。
こいつの言うとおり、俺に彼女はいない。いたこともない。
「それについては長年の疑問だ。大地なら女子アナやタレントとでも付き合えるだろ。いや、むしろ向こうが釣り合わないくらいだ」と修介も言葉を重ねる。
「はっはっはっ、そりゃ随分お高く見積もってくれてるな」
ま、たしかに女子アナと付き合うくらい余裕だろう。
だってあいつら、俺にインタビューした後、カメラの回ってないところで誘ってくるんだぜ。
清楚そうに見えてとんでもないビッ……おっと、これ以上はよくないな。
「でも、彼女は別にいいかな」
「だからどうしてだよ」
「はっきり言って興味ない。それに……」
俺は圭一と修介の顔を順に見た。
「お前らと遊ぶ方がきっと楽しいし」
……ん? なんで頬を赤くして目をそらしてるんだ?
「オレ、もし女なら100%大地に惚れてた。間違いない」
またもやメガネの位置を正しながら照れているのは修介。
スポーツ漫画に一人はいるデータ派キャラが恋に落ちたらこんな反応を見せるだろう。
「へへへっ、豪快なやつかと思えば、ほんと優しくて人たらしだよな。お前って」
圭一は鼻の下を人差し指でこすった。
照れてるときにそれやる人、実際にいたんだ。初めて見たぞ。
「おれが弁当作ってやろうか?」
圭一が続けて言う。
気持ちはありがたいが、やめとけ。
ファンクラブという名の過激派団体から粛正を受けても知らないぞ。
「そもそもその弁当美味いのか? 作っているのは所詮ただの女子高生だろ。日によっては不味いときもあるんじゃないか?」
修介は弁当を見ながら疑問をぶつけた。
それに対する答えだが、基本はどの日も美味い。
皆気合いを込めて作ってくれているのか、非常に手の込んだ質の高い料理が詰められていて、日々美味しく頂いている。でも……。
「不味いというか、変な味がうっすらとしたときはあったなあ。なんていうか、鉄の味?」
「「鉄の味?」」
圭一と修介は声を合わせて訝しむ。
「どんな調理したんだ?」と圭一。
「わからん。だがただの失敗とは考えにくい」
修介はデータ派キャラが板に付いてきたのか冷静な口調で推察した。
「例えばだが、なにか余計な物を入れたとか……は!」
なにか思い当たったようで、らしからぬ震えた声を上げた修介。
気のせいだろうか? 顔が青ざめている。
「……ちょっと待て修介⁉ もしかして、けつえ」「ワー!ワー!ワー!ワー!」
修介は言いかけた圭一の口を塞ぎ、騒ぐ。
うーむ、なにがあったのかは知らないが、そんなに取り乱しているようではデータ派キャラの確立はまだまだ遠いな。本人が目指しているかは不明だけど。
ところで……。
「けつえ、ってなんだよ。けつえって」
「あ、ああ! ケツエマプロトコルだよ! ケツエマプロトコル! 中国四千年の歴史に古くから伝わる希少な調味料だ。あまり美味くはないが、身体にはいいんだ! あははははっ!」
修介はなぜか慌てた様子だった。
「そんな調味料があったのか。でもあまり中国っぽくない名称だな」
「いやいやいや! 正式名称はちゃんと漢字表記だぜ! マの発音に気をつけろよ!」
「へえ~。にしてもお前ら、意外と博識なんだな。俺、そんな調味料初めて知ったぞ」
「た、たまたまテレビでやっていてな! 圭一も同じ番組を見たんだろ!なあ⁉」
ようやく口元を解放された圭一は首をかしげる。
「ケツエマプロトコルってなに?」
「バカ!」
修介は圭一の頭を小突き、そのまま俺に背を向けてふたりでヒソヒソと話し始めた。
「なんだよケツエマプロトコルって。普通に考えて血液だろ」
「本当のこと言うやつがあるか! そんなえげつないものが入っているとわかったら大地がショックを受けるだろ!」
「た、たしかに……。すまん配慮が足りなかった」
「とにかく、後には戻れないんだ。過ぎてしまったことはしかたないとして、オレ達は大地に気付かれることなく今後の予防に努めよう」
「わかった。……ところで修介」
「なんだ?」
「その血液だが……月一でくるやつじゃないよな……」
「ううっおえっ……き、気分が悪くなるからやめてくれ。この際出所は考えるな」
どんな会話をしていたのだろうか?
俺の方を向き直ったふたりは死人のように血の気のない顔をしていた。
「なんの話してたんだよ」
俺をほったらかしにして。
寂しいなあ。
「い、いや、たいしたことじゃない。物覚えが悪い圭一を咎めていたんだ」
「そ、そうそう。おれも同じ番組を見ていたはずなのに、うろ覚えでさ。いやー情けない話だぜ」
「ふうん、でもわざわざこっそり咎めるようなことか?」
「それはいいとして、大地」
修介は質問に答えてくれず、両肘を机に付いて両手を重ね、神妙な面持ちで話を切り替えた。
心なしか眼鏡が光って見える。碇ゲン〇ウみたいだ。
なんだ? これからエヴァン〇リオンに乗れとでも言うのか?
「もしまた鉄の味がする弁当に出くわしたら、すぐにオレ達に報告してくれ」
「え? なんで?」
「それはだな……。オ、オレ達も食べてみたいからだ」
「なんだ、そんなことか。いいぜ。分けてやるよ」
「お、おお。ありがとうな、大地」
そう言った後、修介は額に手を当てひとつ大きく息を吐いた。
一方、圭一はポツリと呟く。
「重すぎる愛って、厄介だな」
恋愛経験豊富なやつが1度は言いそうな台詞だ。圭一には似合わない。
てかどうしてそんなことを言う?
疑問に思っていると、その横で修介はまたもや眼鏡を光らせる。
「そもそも陽川大地ファンクラブ自体が厄介の元凶みたいなもんだ。ふざけやがって。どうにかしてぶっ潰してやりたい」
こっわ! それもうカタギの台詞じゃないよ! 完全にヤクザじゃん!
それにしてもなぜそんなに躍起になっているのか。
よくわからないなあ。




