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0058 プリンス、落ちる

 見事、ラビットファイターの討伐に成功した。

 

「やったでヤンス!」


 萌生は喜び、跳びはねる。

 手には対価として入手した銀貨5枚があった。


 一方で俺は疲れと安堵がどっと押し寄せ、地面に座り込んでいた。


 はあ、結局、萌生に良いところを取られちまったなあ。


 俺が動きを止めて、萌生が一撃で葬った。

 これでは俺の方がサポート役だ。

 

 とっさに降りてきた閃きどおりに事を運べたのはなによりだが、レベルアップの目的をないがしろにする手段だったことは否めない。

 

 あのとき頭をよぎった『本末転倒』という言葉は、こういうことだったのか。


 サポートに徹するなんて、思えば初めての経験だ。

 俺はいつも、誰よりも目立つポジションにいた。

 サッカーがその代表例だろう。


 エースストライカーの証である10番を背負って、いかなる時も脚光を浴びていた。


 俺が務めるFWはガンガン攻めまくることが要求されており、サポートとは正反対のポジションだ。

 

 そのポジションで、俺はフィールドのプリンスと呼ばれるまでのし上がった。


 俺がもし、相手の攻撃を防ぎ味方の攻撃に繋げるDFを務めていたら、フィールドのプリンスという肩書きは生まれてなかったかもしれない。

 

 そんな華々しい言葉は、泥臭くディフェンスに徹する者には向けられないだろう。


 このように、サポート役は陰になってしまう。

 いつの時代、どの世界だってそうだ。

 だから俺は、己がその役割を担うことを嫌っていた。


 この世界に来てからも――


 ドミゴが『楽しい』を理由にサポート役の魔法使いをやっていると聞いてたとき、心中では同意しかねた。


 マリカが『楽しい』を理由にギルドの給仕手伝いをしていると聞いたときも、同じくだ。


 あのときはあいつら兄妹の考えが到底理解できなかった。

 

 だが今、自分の中で少しの変化が訪れている。


 ――結構、楽しいじゃねえか――


 白黒はっきりと勝敗がつく場では、自分が1番目立って勝利してこそが楽しみだと考えていた。

 

 だが、茂みに飛び込み、脚を掴んで食らいつき、必死になって萌生のサポート役に徹した今の感情はどうだ。

 

 不満など、ない。

 あるのは得も言われぬ充足感と達成感だ。

 

 攻撃のお膳立て役でこんな感情を抱くなんて、自分でもわけわかんねえ。


「ダイチさん」


 そのとき、ライムから声がかかった。

 目前で屈み、俺の顔をのぞき込んでいる。


「おおう。……ああ、さっきはすまなかったな。怒鳴ったりして」


「そんなことはどうだっていいです。おでこが傷だらけですよ」


 軽く触れてみると、指に血がついた。

 額は木にぶつけた箇所だし、茂みの枝葉でも傷つけた。


「このくらい放っておいたらすぐ治る」


「なに言ってるんですか。ワタシ、回復使いですよ」


 心外だと言わんばかりに、ライムは杖を掲げてみせた。

 

 そういやそうだったな。

 俺の認識では『おかしな発言が目立つただの変態』とのみ位置づけられていたところだ。

 こりゃ失敬。


「怪我をしたときこそ、ワタシの出番です」


 ライムは杖の先端、緑の魔法石をこちら側に向け、言う。


「ヒール」


 言葉と共に杖から緑の光が溢れ出る。

 そして瞬く間に俺の額を包んだ。


 これが魔法……か。


「じっとしててくださいね。このくらいならすぐ治りますから」


「あ、ああ」


「あれ? もしかして、初めてですか?」


 唖然とした俺を見て、思ったようだ。

 お察しの通り、魔法は初体験である。


「そうだ」


「ふふふ、初めてがワタシだなんて、嬉しいです」


 おしとやかに微笑んだライム。

 こうして見ると、あどけなさが残る可愛い女の子だ。

 おかしな発言が目立つ変態であることをしばし忘れてしまう。


 優しく温かな緑の光は俺を包み続ける。

 心地良いな、と思いながらライムの顔を眺める。

 よくわからないけど、吸い込まれるように見入ってしまうのだ。

 まあ、ほかにやることもないから、な。


「完了です」


 告げたライムは魔法を解いた。

 額に触れてみると、今度は指に血はつかない。傷が無くなったようだ。


 軽い感動のような気持ちを抱いていると、ライムはズイッとせり出した。

 顔が近い。

 でも、こちらから身を引こうとは思わない。

 不自然なほど近い距離感だったが、悪い気はしなかった。


 彼女は笑う。


「綺麗に治りましたよ。すごいでしょう、ワタシ」


 おしとやかな微笑みではなく、柄にもなく得意げに。

 可愛い顔を、ほころばせて。

 

 ――そのときだった――


 俺の心に、感じたことのない『なにか』が芽生えた。


 グラッと、視界が揺らぐ。


 焦点が合わない。

 頭をぶつけたわけでもないのに。


 胸の鼓動がうるさい。

 息を切らしたわけでもないのに。

 

 呼吸をするのも忘れて、口が半開きになる。

 唇が乾く。


 すうーっと、自分という人間がどこか遠くに行ってしまいそうだ。

 どこに行く?

 そっちにはなにがある?

 わからん。わからないけど、とにかく今はライムから目が離せない。


 彼女をジッと眺める。


 かわいいな、こいつ。

 本当に、かわいい。


 輝く瞳は太陽のようで、

 笑顔の愛しさは女神のよう。


 ……え?


 太陽神って、ライムのこと?


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