0056 vsラビットファイター(1)
「へえ……神様に力と顔を……」
萌生の話に、ライムは驚いていた。
太陽神と出会い、身体能力の向上と顔の良化を受けたという旨を伝えたのだ。
そして俺が、前世となにも変わっていないということも。
「ダイチさんはなにも貰ってないのですよね?」
「ああ、俺は太陽神と出会ってすらないからな」
「それなのに、このお顔……天然のイケメンってことですね」
「魚か俺は」
クスッと笑いが漏れる和やかな雰囲気。
もはや魔物討伐という当初の目的を忘れかけていたそのとき……
――ガサガサ――
茂みが動いたかと思えば、なにかが飛び出してきた。
「おや?」
思わず声が出た。
1.5メートルほどの全長。茶色い毛。
俺達の前を横切りかけ、目が合った。
へえ、何の変哲もない森にこんな動物までいたとは。
前世、動物園で見たことはあったが、野生を目の当たりにするのは初めてだ。
もっとも、野生がいるのなんてオーストラリアくらいだろうが。
「撫でても大丈夫かな?」
興味本位で近づこうとする。
すると萌生に止められた。
「いやいや、撫でるって……何考えているでヤンスか?」
「興味本位だよ。野生を見るのは初めてだし」
「そりゃ大地君はまだオーガとゴブリンしか見てないでヤンスから。ってか野生って、あんなの野生以外はいないでヤンスよ」
「……え?」
なんだか微妙に話がかみ合っていない。
もどかしさを感じていると、ライムが口を開く。
「ダイチさん、あれ、魔物ですよ」
「魔物⁉」
「しかも狙いの『ラビットファイター』でヤンス」
それを聞いて、今一度じっくりと見る。
たしかに耳がやけに長いし、なにより腹にポケットがない。
俺はつい――
「カンガルーかと思ったぜ……」
「カンガルーって。やつはそんな穏やかな動物じゃないでヤンス」
萌生はカンガルーもといラビットファイターに視線を向け、言葉を続ける。
「別名、森の戦闘狂。喧嘩っ早い性格で、農村に降りて作物を好き勝手に食い荒らした後、怒る農夫を逆ギレしながらボコボコにする厄介な魔物でヤンス」
「それはたしかに厄介だな」
だが、カンガルーと見間違えただけあって見た目は愛くるしい。
いくら魔物だといっても、あいつを討伐するのは少し気が引ける。
剣を手に掛けたが、抜くまでに至らない。
見逃すか、それとも討伐か。
どっち付かずの感情に心の天秤が揺れていたとき、ラビットファイターは俺を見て笑った。
……鼻で。
続けて指を曲げて『来いよ』とジャスチャーした後、ファイティングポーズをしてシャドーボクシングを始めた。
カッチーン。
頭にきた。
完全なる挑発で『見逃す』という選択肢は空高く消し飛んでゆく。
心は決まった、討伐だ。
この俺を舐めやがって。
ただじゃおかないぞ。
「萌生、ここは俺ひとりにやらせてくれ」
「今度は気をつけるでヤンスよ」
魔物を討伐するのは、自身のレベルアップのためでもある。
オーガ討伐のときみたく萌生が一撃で倒してしまったら、まったく意味がないだろう。
成長のため、厳しくつらい道を選んだのだ。
「ああ、街の入り口で話していたのもそういうことですか。ワタシはてっきりプレイの話かと。まぎらわしいですね」
「このやりとりをまぎらわしいと思うのはライム、お前くらいだ」
今に始まったことではないおかしな発言を他所に、俺は剣を抜いてラビットファイターに視線を合わせた。
「よし! やってやる!」
討伐開始だ。
快速飛ばしてラビットファイターへ距離を詰める。
「速いですね!」
「昨日と同じく凄まじいでヤンス」
俺の速さに驚くふたりの声が、風を切る音に混じる。
一気に攻撃圏内まで駆け寄った俺は、勢いそのままに剣を振るった。
――シャキン!――
しかし斬撃は空を切る。
相手が跳んでかわしたのだ。
そいつは木々の枝葉を越えて青い空まで到達。
人間には到底不可能なレベルのジャンプ力だ。
ラビットの由来はここからきているのか。
着地した場所は俺の背後。
だが素早さでは俺も負けないぞ。
再度攻撃を仕掛ける。
――シャキン!――
しかし、またも空中に逃げられた。
「くそっ!」
いくらスピードに自信がある俺でも、空中までは追いかけられない。
だが、相手も鳥ではないのだ。
飛ぶではなく、跳ぶ。
つまり地面に着地する時間が必要なわけで、そこを狙えば――
相手はまた空中に跳んだ。
俺は目を離さず快速を飛ばし、着地予想地点で待ち伏せした。
着地した瞬間を狙って、攻撃すればいいのだ。
しかし、目論見は脆くも崩れ去る。
――ドンッ!――
頭に強い衝撃が走った。
なんと相手は俺の頭に着地したのだ。
「てめえ……」
自慢の金髪が汚れ、髪型が崩れる。
頭の上で立つそいつは、俺を見下したように鼻で笑った。
「もう許さねえ!」
頭上で剣を振るったが、それより先にやつは跳び上がった。
そのジャンプの反動のせいで、下へ叩きつけられるような感覚を味わう。
俺はたまらず膝を着いた。
見上げた先にあったのは、地面に着地したやつの嘲笑。
こんな屈辱、初めてだ。
「クソがあ!」
怒りに我を忘れて突っ込んだ。
猪突猛進だ。
だが策も持たずじまいでは今までの二の舞で。
その上今度はただ避けられただけに留まらず。
――ガンッ!――
斬撃が空を切り、勢い余った俺は木に額をぶつけた。
怒りのせいか、痛みを感じることはない。
ただ、頭がいつもより熱くなったのを感じた。
「舐めやがって……」
振り向き相手を見たが、なんだか焦点が合わない。
少しふらつく。
どうやら思ったよりも強くぶつけてしまったようだ。
揺らぐ視界の中で、相手がため息を吐き、掌を上に向けたのがわかった。
やれやれ、とでも言いたいのか。
「くそっ……くそっ……!」
情けねえ……。
なんだこのざまは……。
俺は陽川大地、フィールドのプリンスだぞ。
過去の自分と今の自分。
まるで別人のような2つを比べて落胆する。
昨日からわかってはいたが、非情なほどの転落ぶりだ。
太陽神ってやつは俺に天罰でも与えたいのか?
おいおい、俺が前世で何をしたと言うんだ?
善行しか積んでいないぞ。
恨みも溢れる中、ようやく焦点が合ってきた。
すぐに攻撃を再開しようとした俺だったが――
「大地君」
萌生がトントンと肩を叩いて待ったをかけた。




