0055 適当の力(フェイズ萌生)
僕、御手洗萌生は、リスタの森で大地君の右隣を歩いていた。
彼と出会って3日目のことである。
それにしても、彼といると今までになかった様々なことが起きるものだ。
出会った初日も、2日目である昨日もそうだった。
初めての魔物討伐を終えたとき、彼が太陽神からなにも貰っていないことを知って驚いた。
日本で死に、気付けばこの森にいたらしく、身体能力も顔もなにも変化がないらしい。
だがそれにもかかわらず、あの足の速さと顔の良さである。
あれらが元からと言うのだから、太陽神と会っていない事実よりも衝撃だ。
そんな彼は、僕にこう言ってくれた。
『俺達、友達だよな?』
天にも昇る気持ちだった。
友達になりたいと惚れ込んでいた相手から、思わぬ形で言質を貰えたのだ。
こんなに嬉しいことはない。
有頂天になった僕は、上がったテンションそのままに『陽川君』から『大地君』へと、呼称を変化させた。
それだけに留まらず、これまで彼以外の人と接するとき後ろに控えていた僕が、自然と彼の隣に並び立てるようになった。
なんだか彼が支えてくれているような気になって、少しだけ人が怖くなくなったのだ。
相変わらず会話には入れず、他の人を前に黙りこくってしまう状態は引き続いたが、それなりの進歩を自覚できた。
それから街に戻り、一悶着起きる。
僕や大地君と同じ転生者である、炎の剣士。
その人物と対峙したのだ。
女喰いの女剣士という2つ目の肩書きを持ち、本名を月上京花と言った彼女は、なんとも嫌な奴だった。
そいつは高飛車な態度で大地君を貶す。
僕はそれに心底腹が立ち、自分でも思わぬ行動に出た。
――『大地君はこの世界に来て日が浅いでヤンスから』――
なんと、反論したのだ。
頭がカッとなっていたから、人に対する恐怖なんて忘れたのだろう。
しかも、なお態度を改めない相手に対して、
――『そんなことないでヤンス!』――
声を張り上げて、怒りを露わにした。
今思えば別人のような行いだ。
あのときは大事な友達を馬鹿にされ、不思議な力が湧いた感じがした。
だが、その勢いもこの場かぎりとなる。
日が変わった今日の朝、ドミゴという大男に再会したが、僕は会話には入れずじまいだった。
対人恐怖症が治ったわけではなかったのだ。
そしてリスタの森を歩く今も、その状況は変わらない。
ひょんなことからひとりの回復使いと行動を共にすることとなった。
大地君の左隣を歩く彼女の名は、ライム。
かなりおかしな発言が目立つ1歳下の女の子だ。
大地君と彼女が楽しげに会話する様子を、僕はただ傍観するのみ。
完全に蚊帳の外である。
ていうか、大地君のコミュニケーション能力が高すぎる。
ほぼ初対面の女の子を相手に速攻で打ち解けるなんて、僕以外でもできない人は多いだろう。
よくもまあ、あんなにもグイグイ話ができるものだ。
僕には、もう一度生まれ変わってもできそうにない。
そんな中、会話の流れで僕が転生者であることがバレそうになった。
実は……僕は目立つことを恐れて、転生者であることを内緒にしてきたのだ。
回復使いの視線が僕を捉える。
彼女の目は、疑惑を通り越して確信に近い。
昨日、彼女の目の前でオーガをコテンパンにやっつけたから、そうなるのも頷ける。
転生者はとにかく凄い、これがこの世界の共通認識だ。
僕は逃れるように、サッと目をそらした。
本当は僕だって大地君が中心にいる会話の中に入りたいのに、過去のトラウマがもたらした対人恐怖症がそうさせてくれない。
どうせ僕なんて……どうせ僕なんて……。
『なあ萌生』
そのとき、大地君が肩を組んできた。
心を覆い尽くそうとしていたモヤモヤが動きを止める。
大地君は諭すように僕に言葉を紡ぐ。
そして、こんなことを言った。
『適当なこと言って、適当にツッコんで、適当に笑って、適当に楽しんどきゃいいんだよ』
適当。
それは僕の人生に足りないものだった。
小中学生のとき――
楽しくもない引きこもり生活なんかやめて、軽い気持ちで学校に行けばよかった。
高校生に入学したとき――
無理に目立とうなんて考えず、ありきたりだけど嘘偽りのない自己紹介をすればよかった。
そして最期――
変に焦ったりせずに、『適当に生きる』という選択もできたはずだ。
基本、僕は積極的に行動を起こすタイプではない。
前世で起こしたそれといえば、変な語尾と自殺。
……本当に、生きるのが下手だ。
考え込みすぎて自ら死を選ぶ。
適当さが足りていなかったのは明白だろう。
一方で大地君は僕とは対照的だ。
適当を、持っている。
『気を遣う必要がある相手なら、会話そのものだってやりにくい』
なんて言ったりもしたが、これは僕の目線に立って送ってくれた言葉で、彼自身が実感しているものではないだろう。
彼はどんな人が相手でも、『皆に好かれる適当』を振りまくに違いない。
適当か……。
前世ではできなかったが、今ならできる気がする。
だって大地君と接するときは、無意識にできていた気がするから。
それに他の人と接するときは、隣にいいお手本がいてくれる。
「……そうでヤンスね」
ゆっくりと口を開き、少しだけ自分の殻を破り始めた。
まだまだ円滑なコミュニケーションが取れるわけじゃないけれど、いつかきっと、どんな人とでも楽しくおしゃべりができるようになれる気がする。
そんなことを思わせてくれる大地君は、やっぱり凄い人だ。




