0052 7色のピザ
宿を出た俺と萌生は、街の外を歩く。
目的地はリスタの森、今日は宿から直接向かうのだ。
ギルドで待ち構えるマリカの料理を避けるため、ギルドに行かない。
まさかこんな簡単で、かつ確実な方法があったとは……目から鱗だ。
萌生は策士だな。
まあ、善意100%で振る舞ってくれるマリカに対して、若干の後ろめたさはある。
しかし、本来活力の元となる飯に活力を奪われていたのでは話にならないので致し方ない。
これからもギルドに行くときは飯時を避けるようにしよーっと。
「どこか開いてる店ないかな……」
というわけで――
どこかの飯屋で朝食を取りたいわけだが、昨日と同じくこの時間帯に営業している店は中々見当たらない。
「え? 朝ご飯食べるつもりでヤンスか?」
「当たり前だ。昨日晩飯を抜いた分、いつにも増してペコペコだぜ」
「むしろ昨日の今日でよくお腹をすかせられるでヤンスね……胃が強すぎるでヤンス……」
あまり嬉しくない『強すぎる』だ。
臓器を褒められてもなあ。
「てか、お前は朝飯食わなくて平気なのか?」
「まあ……前世の頃から朝は抜いていたでヤンスから……」
「おいおい、不健康だな」
そんなやり取りをし、シャッターの閉まった武具屋の前を通り過ぎた頃だった。
大通りから外れた路地で、ひときわ大きな背中とスキンヘッドの後頭部を見かける。
ドミゴだ。
「おーいドミゴ」
声をかける。
振り向いたそいつは「ダイチじゃないか」と笑顔で歩み寄ってきた。
「相変わらず朝早いな。もしかして、今日も徹夜か?」
「いやいや、そこまで無茶はしないぜ。今さっき起きて、朝飯を買いに行くところでな。近くにいきつけのパン屋があるんだ」
「へえ、パン屋!」
日本でも、パン屋なら朝早くから開いていた。
飯屋ばかり探していた俺にとっては盲点を突かれた思いだ。
「主人の趣味で隠れ家みたいな店構えだが、味は折り紙付きだぜ。特に産みたての卵を使ったタマゴサンドなんて、絶品だ」
恍惚とした表情で語るドミゴは、よほどその店が気に入っているのだろう。
手放しで褒めるその姿に、俺もその気にさせられた。
「一緒に来るか?」
「おう!」
「よーし、じゃあ案内してやる!」
こうしてそのパン屋へ向かう。
雑談の中、俺はあの話を切り出した。
「それにしても、昨日はお前の妹に酷い目にあったぜ」
「ん? 酷い目?」
「手料理をご馳走になっちまった」
軽い皮肉も交え笑って告げると、ドミゴはその表情に驚きを浮かべた。
「マリカの料理を食ったのか⁉」
あ、そういやこれは内緒の話だった。
マリカは家族以外に料理を振る舞うことを禁止されているのだ。
「ああ。でも俺がけしかけたから、叱らないでやってくれよ」
「叱るとかそんなの以前に、お前、身体は大丈夫なのか⁉ どのくらいの量を食べたんだ⁉」
「朝昼と2食。昼は大盛りだったから完食に苦労したぜ」
「2食を完食⁉ しかも大盛り⁉」
青白い顔になったドミゴは、いたわるように俺の背中をさすって言う。
「それでよくピンピンしていられるな。なんて丈夫な身体なんだ……」
「とはいっても昨日の午後は寝たきりだったぜ」
「むしろそれだけで済んだのか。オレなんて初めて食ったとき三日三晩床に伏せって嘔吐を繰り返したぞ」
それはそれは、なんて災難だ。
ドミゴは苦虫を噛み潰したような顔で言葉を続ける。
「あいつの飯、カラフルだろ。普通に作るよう忠告しているんだが、何度やっても変なこだわりに走っちまう。おまけに本人はあれが美味いと感じているみたいなんだ」
「まじかよ……でもそうじゃなきゃ、3色のパスタや5色の丼物なんて作らないよな……」
信号機と戦隊ヒーローを思い浮かべて言ったとき、
「え?」
ドミゴは怪訝な顔をこちらに向けた。
「3色と5色だと? しかもパスタに丼物?」
「ああ、そうだが」
首肯すると、ドミゴは顔いっぱいに恐怖を溢れさせた。
ただ事ではない。
不穏な空気が辺り一面に充満する、そんな気がした。
ドミゴは震える声で言う。
「な、なんてことだ……絶望はまだ、終わってないぞ……」
「どういうことだよ……」
おそるおそる尋ねた俺。
ドミゴは1度、ゴクリと唾を飲んでから告げる。
「マリカはまだ、真の力を隠し持っている!」
雷に打たれたような衝撃が、全身に走った。
「なん……だと……」
「やつの十八番は7色のピザだ! あのおぞましさに比べたら3色5色など前哨戦に過ぎん!」
7色⁉
3色・5色でもあれだけの苦戦を強いられ、ボロボロの身体で命からがら生還を果たしたのだ。
7色のピザなんて口にしたら、俺の身体はどうなってしまうんだ……。
「7色のピザは一部稀少な食材を必要とするからな。おそらく昨日は作れなかったのだろう。だがもし、材料が全て揃うようなことになれば……」
大惨事になることは、想像に難くない。
まだ見ぬ完成品を思い浮かべ、額から冷や汗が垂れた。
「とにかく、ここにいては危険だ! 一刻も早くこの街から出て、どこか遠くへ逃げろ!」
身の安全のためには、逃げる他ない。
ドミゴの言うことはもっともだ。
だけど――
「いや、俺は逃げない」
男には、譲れないモノがある。
立ちはだかる敵がどんなに強かろうが、戦わずして逃げることは許されない。
「ダイチお前……この街を……守るために……」
「勘違いするなよ。俺は正義のヒーローじゃねえ」
「ふっ」と笑って、告げる。
「おめおめと逃げるなんて性に合わないことを、したくないだけだ」
「ダイチ……男だぜ。お前は」
俺とドミゴ。
朝日に照らされた2人の表情は、どこか晴れやかだった。
ギルドの冒険者連中に話せば、きっと彼らも似た表情をするだろう。
やれやれまったく……。
とてつもない危機が迫っているというのに、この街の連中は馬鹿ばかりだ。
俺も含め、な。
それと1つ、わかったことがある。
この街の連中は、少年漫画風の茶番が大好きだ。
俺も含め、な。




