0049 もうひとつの肩書き
これはこれで、また別の恐怖である。
月上京花が鋭く光らせるその目は、まるで獲物を狙う猛禽類。
ニタリと緩めた口元からはひとすじのよだれが。
はっきり言って……気持ち悪い。
そしてその表情の向け先は、マリカのパンツだ。
状況がまったく読めない中、困惑した俺は立ちすくんで声も出せない。
いわゆる、ドン引きだ。
こんなときにかけるべき適切な言葉があるのなら、誰か俺に教えてくれ。
「どうやら、噂は本当だったようでヤンスね……」
ぼそりと呟いたのは萌生だ。
「う、噂ってなんだよ……」
「月上京花のもうひとつの肩書きに関することでヤンス」
もうひとつの肩書きの存在は、昨日ドミゴも話題にしていた。
なんでも口に出すのも恐ろしく、『力』も『それ以外』もぶっ飛んでる月上京花の、後者の部分を表す肩書きらしい。
力を表しているのはもちろん『炎の剣士』
ならそれ以外を表す肩書きとはいったい……?
「知ってるのか?」
「あくまで噂でヤンスけどね。たしかに口に出すのも恐ろしい肩書きでヤンス」
「教えてくれ。頼む」
昨日は明かされることのなかった真相に踏み入る。
萌生は少しの逡巡を見せたが、やがてこう言い放った。
「女喰いの女剣士」
「お、女喰いの、女剣士……」
相容れぬはずの単語が組み合わさった、摩訶不思議な言葉だ。
情報を処理するのにしばしの時間を要した。
だが、ようやく理解に及んだとき、この状況に対して合点がいった。
月上京花が浮かべた、見ている方がキツくなるあの表情。
あれは――
欲情しているのだ。
エロいことを――
考えているのだ。
少女の――
パンツを見て。
「おいおいまじかよ……」
つまり月上京花は『そっち系の人間』である。
別に貶したりする気はないぜ。
てか、あの強気な女ならむしろそっちの方が腑に落ちるくらいだ。
しかしだからといってあの表情はいかがなものか。
繰り返すが、はっきり言って気持ち悪い。
誰が考えたのかは知らないが、インパクト抜群の肩書きが生まれたのも頷けよう。
思わぬ一面を知り、戦々恐々とした俺は顔から血の気が引いた。
同じく萌生も青白い顔をしており、月上京花はなおも気持ち悪い表情を浮かべている。
そんな中、マリカはまだ地面に突っ伏したままだ。
なぜだ? 早く起き上がれよ。
月上京花にパンツを見せてあげているのか?
いや、たぶん後ろの女喰いには気付いてないだろうし、そんな痴女のような行為に及ぶ子でもないだろう。
さっさと起き上がったらいいものを……
……ははあ、なるほど。
マリカは物欲しそうな目で、こちらをチラチラ見ていた。
どうやら手を差し伸べてほしいようだ。
やれやれ、かまってほしくて起き上がらないなんて、このへんはまだまだ子供だな。
「ほら、マリカ」
手を差し伸べてやると、想像通り、満面の笑みが返ってきた。
手を取ったマリカを引き上げて……ん?
顔の怪我に気付いた俺は、勢いそのままにお姫様だっこへと移行。
「おでこ、擦りむいてるな」
顔を近づけてよく観察する。
お姫様だっこをしたのはそのためだ。こうすればよく見えるだろ?
「どれどれ……」
ふむ、血はほとんど出ていない。
大した怪我じゃなくてよかった。
庭が芝生に覆われていたのが幸いしたな。
「大丈夫そうだな。よかったよかった」
頭を軽く撫で、マリカを下ろした。
一安心できたところで、視線を月上京花へ移す。
さっきまで気持ち悪い表情を浮かべていた女喰いは、すっかり剣士の顔へと戻っていた。
パンツが見えなくなったからだろう。
切り替えが早いというか、よくまあ何事もなかったかのように平然としていられるな。
「ジロジロこっち見てなんの用? もう行っていいかしら?」
いや別に引き留めてないから!




