0048 フィールドのプリンスvs炎の剣士(2)
剣を天高く突き上げる構え。
その剣術を、月上京花は示現流と言った。
どこかで聞いたことがあるような気がするけれど、思い起こす余裕はない。
すさまじい威圧感に、脳が恐怖で支配された。
場の空気は一変する。
昼下がりの穏やかな雰囲気も、今では皆無。
生きとし生けるもの全てを震撼させてしまうような殺気に覆い尽くされている。
まるでギルドの裏庭が一瞬にして別世界になってしまったようだ。
吹き出た冷や汗が止らない。
気圧され、心臓の激しい鼓動は危機を告げるが如く。
背筋が凍り付き、身にビリビリと電流が流れる不思議な感覚に陥った。
生きた心地が、しなかった。
この恐怖は、あの独特の構えによるものか?
いや……違う。
そんなもの、もはやおまけにすぎない。
恐怖の根源は、月上京花自身にある。
やつから放たれる気迫が、その正体だ。
禍々しく、殺気に溢れている。
かと思えば、それでいてどこか切ない。
これが人間の出せる気迫なのか?
今まで会ってきた人と、根本的になにかが違う。
月上京花、お前は――
どんな稽古を積んできた?
どんな魔物を倒してきた?
どんな人生を歩めば、そんな境地にたどり着く?
そのとき、俺の背中となにかが衝突した。
垣根だ。
恐怖に耐えかね、俺は意思を介さず後ずさりしていたわけだ。
そしてもう、逃げ場はない。
追い詰められた俺はたまらず地に尻を着いた。
ゆっくりとこちらに近づくのは月上京花。
華奢な身体なのに、巨体なオーガを凌駕するほどの迫力がある。
降参するしかない。
だが、そいつがいよいよ目の前に立ったとき、俺は声が出せなかった。
喉からは声にならないかすれた空気音が漏れるだけ。
見上げた先にいるのは鬼より怖い月上京花。
いっかんの終わりだ。
そう悟った。
そして月上京花は高く構えたその木刀を――
勢いを殺してゆっくり下ろし、俺の首筋に軽く当てた。
「拍子抜けもいいところだわ。まさか剣を交えるまでもないなんて」
呆れたように声を出したかと思えば、木刀を捨て、踵を返す。
「あなたの実力はわかったわ。フィールドのプリンスは口だけで大したことない弱虫ね。じゃあ、今度こそさよなら」
顔も見ずに言い放ち、一歩二歩と去って行く。
一方の俺はなにも言い返せず、ただ遠のいてゆくその背を眺めていた。
勝負にならないほどの、完敗を喫してしまったのだ。
今更どんな言葉を発したらいいものか、誰か知っているのなら教えてくれ。
「だ、大地君……」
真横で萌生の声がした。
視線を移すと、やつは気の毒そうな表情を浮かべてこちらに歩み寄ってくる。
この俺が同情されているのか。
ふっ、落ちぶれたものだ。
諦観と失意に自棄が混ざる。
そんな初めて経験する感情に飲まれていたとき――
「キョウカさん!」
月上京花が去る道を遮るように、マリカがやって来た。
その声と表情には怒気が滲んでいる。
「な、なによ……」
「なによじゃありません! 食堂の窓から見てましたよ!」
どうやら月上京花の圧勝に終わった勝負を見ていたらしい。
そして、なにを告げるために駆けつけたのかと思いきや。
「ワタシのダイチさんをいじめないでください!」
おおう⁉ 俺はいつマリカのものになった⁉
たしかに料理の実験台って意味ではマリカのものかもしれないが……って、俺はモルモットか!
なんだかすっかり調子を戻されてしまった気がする。
有り難いといえば有り難いが……。
その発端となったマリカは、
「ダイチさ~ん! 大丈夫ですか~!」
月上京花を押しのけ、スカートを揺らしこちらに駆けてくる。
やれやれ、こんなに小さな女の子に心配されるとは。
情けないかぎりだな……。
と思って見ていた矢先、
「へぶっ!」
なんとマリカは盛大にすっころんでしまった。
丁度庭の真ん中辺り、頭から激しくいったのでヘッドスライディングのようだった。
「お、おいおい、お前が大丈夫かよ……」
もはや立場は逆となり、迎えに行こうと俺が立ち上がる。
そこで思わず、額に手を当てた。
というのも――
あちゃー、スカートがめくれてパンツが丸見えだよ。
水玉模様。
それも踏まえて早く救ってやろうと歩を進めた。
しかし、一歩二歩と進んだところで、ふと違和感に襲われて足がすくむ。
……? いったいなんだ? この不穏な空気は?
原因を探るため、辺りを見渡す。
それはすぐに見つかった。
……⁉⁉⁉
原因はマリカを隔てた真正面にいる月上京花。
な、な、な、なんだあいつ⁉
なんとやつは……
水玉模様のパンツに鋭く光る視線を注ぎ、ニタリと口元を緩めよだれを垂らしていたのだ。




