0047 フィールドのプリンスvs炎の剣士(1)
勝負は今にも始まろうとしていた。
俺と月上京花が粗末な木刀を手に持ち対峙しているこの場所は、ギルドの裏庭だ。
食堂の壁に面しており、回りは垣根。
通行人の見世物になる、なんてことは起きない。
唯一の見届け人である萌生は、俺の後ろ側の隅に立っている。
「なあ、俺、前世でお前になにかしたか?」
勝負の前に、聞いておきたかった。
月上京花が今もなお見せている憎悪溢れる眼差しは、ただ事じゃない。
ちなみにだが、裏庭に移動する最中、萌生にこんなことを耳打ちされた。
『前世でたぶらかしたでヤンスか?』
やつは憎悪の正体をそう推測したらしい。
だが、俺はそんな記憶一切無いので、
『いや。そもそも俺は女をたぶらかすような真似をしたことねーよ』
と告げると、萌生は『ええ……今朝……』とゴミを見るような冷ややかな目をこちらに向けた。
なぜそんな目をされなきゃいけないんだ。
月上京花は口を開く。
「あなたの、そのプリンスという肩書きが耳障りでしかたないのよ」
「……え? それだけ? 俺が直接なにかしたってことは?」
「そんなのないわ。第一私達、初対面でしょ。それどころかあなたの顔も本名も今までは知らなかったし」
ははあ、なるほど。
会ったこともないのに恨んでいたと……
って随分身勝手な話だなあ! おい!
しかしなんでプリンスが耳障りだと……あっ!
「ふっ、お前、あれだろ」
俺は嘲笑し、立てた仮説を語り始めた。
「前世で男がいたわけだ。その男が私にとっての王子様、けれど世間で王子様扱いされているのはまったくの別人。もーやんなっちゃう! あのフィールドのプリンスってやつ、大嫌い!」
って感じだろ。たぶん。
「強気なくせに、動機は乙女全開だなあ。はっはっはっ」
「あなた、何言ってるの?」
「はっ?」
月上京花からは憐憫の眼差しが向けられる。
あの様子を見るに、どうやら本当に外したらしい。
これは……結構恥ずかしいな。
もーやんなっちゃう、とか言っちゃったし。
「おしゃべりはここまでよ」
月上京花の目がつり上がった。
それはまるで勝負の開始を告げるかの如く。
俺は木刀を腰の位置で握りしめてゴクリと唾を飲む。
「ところでだけど……」
いやしゃべるんかい!
吉〇新喜劇のようなスピード感あるギャグ展開に眉をひそめながらも、俺は続く言葉に耳を傾けた。
「私が剣から炎が出せるのをいいことに、テキトーに振り回しただけで魔物を討伐してきたと思ってる?」
はい、ちょっと思ってます。
「もしそうだとしたら見当違いも甚だしいわ。今までの功績は全て私の実力あってこそ。前世の頃から剣は私の身体の一部よ」
「……剣道経験者か」
「そうよ」
「そこまで自信満々に言うからには、きっと相当の手練れなんだろうな。大会とか出たんだろ? 何位だった?」
「中学の時、全国を征したわ」
ほう、それはなかなか。
「でもそんなの、所詮スポーツの剣道。ただの遊びよ」
「なに?」
こいつ、自らが頂点に立った剣道を遊びだと抜かしやがった。
所詮スポーツだと、軽んじて。
いったいどういうつもりだ?
「高校に入学して、私は悩んだ。もっと強くて美しい剣の道があるのではないかと。そんなときに出会ったのが、生きるか死ぬかの実戦を目下に置いた、この剣術――」
そう言って木刀を高く構えて……なにあの変な構え……?
木刀を握りしめた両手が、顔の側面の上に位置している。
上段構えと言えばそうなのかもしれないが、それにしては変則的。
けれど、迫力は満点だ。
高く、真っ直ぐに伸びた木刀は、まるで空を突き刺しているようだった。
「スポーツの剣道にはない魅力に取り付かれ、必死に稽古した。その後、生きる世界は変わってしまったけど、この剣術は相変わらず、すさまじい力を私にもたらす――」
その姿を目の当たりにしていると、ふと頬に冷たいものが走る。
額から吹き出た冷や汗が垂れたのだ。
この俺が……女に恐怖している?
嘘だ。そんなことがあってたまるか。
けれど現実は非情である。
襲ってくるのは受け入れがたい恐怖と、睨め付ける鋭い眼差し。
「とくと味わうがいいわ。示現流の恐ろしさを」




