0046 炎の剣士、月上京花(3)
「勝負? なんのために? なにをする気?」
月上京花の去り際、俺は果たし状を叩きつけた。
彼女はこちらを向いて怪訝な表情だ。
「なんのために、か。それこそ語る必要あるか?」
軽い応酬をして、
「そこに木刀が転がってるだろ」
顎でギルドの隅を指し示す。
雑な造りのそれは、冒険者達が森の木を削って自作したらしい。
どうしてこんなものがあるのかというと、剣術の稽古のため……
なんて見上げた志をあいつらが持っているはずもなく、暇なときにチャンバラごっこをして遊ぶためのものだとか。
「それを使って手合わせ願いたい。模擬戦だ」
互いに木刀を使う条件。
さて、神剣サンソレイユを持たない月上京花の素の実力、果たしていかほどのものか……?
「断るわ」
「……は⁉」
返ってきたのは無表情と冷たい言葉。
俺はキッパリと断られてしまった。
「ど、どうしてだよ!」
「どうしてもこうしてもないわ。あなたと勝負することが、私になんのメリットをもたらすというの?」
「メリットだと……?」
シャンプー?
なんて小ボケをかます余裕はない。
「言ったわよね、私はとにかく有名になりたいの。そしてこの勝負が知名度を上げることに繋がるとは思えない。あなたが強く、名の知れた冒険者なら話は変わってくるけど……」
ひとつ息を吐き、呆れたような眼差しをこちらに寄越して、
「そうは見えない。体格はそこそこだけど、なにその髪型は?」
やり玉に挙げられたのはお気に入りの金髪だ。
「地毛じゃないでしょ? そんな色に染めてるチャラチャラした男、戦うまでもなく弱いとわかるわ」
「なんだと……!」
こだわりの髪型と共に自身を貶され、さすがの俺も頭にカッと血が上った。
普段から容姿に気を遣っているわけではない。
だがこの金髪だけは例外で、ケアを怠らなかった。
特段明確な理由はないが、それほどまで金髪に心惹かれる自分がいるのだ。
俺は睨む。
だが月上京花の憮然とした態度は変わらない。
「じゃあ一応聞くけど、今までに討伐した魔物の中で、1番強いやつを挙げてみて」
「え……」
怒りから一転、窮地に追い込まれて血の気が引いていく。
魔物なんて、まだ討伐していない。
俺はオーガに負けたのだ。
返答に困るが、しかしこちらに見据えられた目は俺を逃してくれそうにない。
「オ、オーガに……」
「オーガ? あんな小物で私に張り合おうとしていたの?」
正直に打ち明けるか、それとも誤魔化すか。
迷っている間に軽く一蹴されてしまった。
言い返すことなどできない。
閉口していた、そのときだった。
「大地君はこの世界に来て日が浅いでヤンスから」
思わぬところから反論の声が飛ぶ。
発言の主は隣に立つ萌生だ。
そういや、こいつが俺以外を相手に堂々と話している姿は初めて見るな。
「それに太陽神からなにも貰っていないようでヤンスし。力も、顔も」
「……はあ⁉」
月上京花は驚きの表情をこちらに向け、そのままジーッと俺の顔を眺めて言う。
「その顔で⁉」
なんだその言い方は。
貶された気分になる。
「ああ、俺はなにもかもが前世のままだ」
「……ふうん、まあ真偽はさておくとして、それならなおさら勝負する意味がないわね。前世から身体能力が変わりないチャラ男と戦ったって、勝敗は目に見えてるわ。」
「そんなことないでヤンス!」
反論の声を上げたのはまたしても萌生だ。
しかも今度は俺を庇うように前に立ち、力強い語気で言い放つ。
ほんの少し前までは俺の後ろに隠れて一言も発しないようなやつだったのに……。
いったいなにが起きて、どんな心境の変化をもたらしたのだ?
「大地君はチャラ男なんかじゃないでヤンス! 明るくて優しくて、だからみんなから好かれて――」
必死に反論を続けるが、けれど月上京花は聞く耳持たず。
踵を返し、一歩二歩と出口へ向かう。
「身体能力は上がってないけれど、それでも足はものすごく早くて――」
月上京花は依然として止らない。
……かに思えたそのときだった。
「魔法石を蹴って泥棒の膝裏に当てることができるくらいサッカーが上手くて、前世ではフィールドのプリンスと呼ばれるほどだったでヤンス!」
いや、お前はそれ知らなかったじゃん。
心の中でツッコんだ後、視線を戻す。
なんと月上京花は足を止めていた。
「……フィールドのプリンス?」
彼女は呟いて、ゆっくりと振り向いた。
もしかして、俺のファン?
そんな想像をしたが、その気配は微塵もない。
向けられた目は鋭く。
ゾッとするほどに俺は睨み付けられていた。
「魔法石を膝裏に当てたって、狙ってやったの?」
「あ、ああ、そうだが……」
「嘘じゃないでヤンスよ! 僕がこの目でしかと見届けたでヤンスから!」
「……なるほど。さすが天才高校生」
ツカツカと歩き出す。
出口とは異なるその先にあるのは、雑な造りをした木刀で。
それを拾い上げ、俺に切っ先を向けた。
「いいわ。勝負してあげる」
「ほ、本当か⁉」
「ええ。むしろこちらから申し出たいくらい」
月上京花は笑っていた。
「だってあのフィールドのプリンスを叩きのめすことができるんだもの。こんなチャンスが舞い込むなんて、今日は良い日ね」
それは余裕を感じさせる薄ら笑いとは一変した、憎悪が滲み出る陰影深い笑みだった。




