0044 炎の剣士、月上京花(1)
「やい! 俺のブリザードドラゴンを討伐した炎の剣士はどこのどいつだ!」
森を抜け街を駆け、帰ってきたギルドの引き戸を勢いよく滑らせ、言った。
「別に大地君のドラゴンってわけじゃないでヤンス」
後ろからツッコミが入ったが、興奮した脳には入ってこない。
ギルドにいる人達の視線が向けられる。
数歩先10時の方向、ほうきを持つマリカ。
少し離れた1時の方向、初めてお目に掛かる女。
……って、2人しかいないのか?
気になった俺は、マリカに尋ねた。
「他の皆はどこに行ったんだ?」
「ブリザードドラゴン討伐の壮大な冒険話を聞いて感化されたのか、皆さん一斉に外に出られましたよ」
ほう、それはそれは。
チンピラ冒険者もその内のひとりだった。
「ちなみにコームさんはランチです。いつも昼休みが終わるギリギリまでここには帰ってきません」
……まあ、それはどうでもいい。
「そのブリザードドラゴンを討伐した炎の剣士がいると聞いて来たんだが、そいつはどこに行ったんだ?」
せっかくきたのに、今それらしき人物は見当たらない。
ギルドを出てどこかに行ってしまったのか?
そう考えたが、マリカからは「え?」と傾げた首が返ってくる。
「そちらにいますよ」
「え?」
マリカが手を向けたのは、1時の方向にいる女だ。
嘘だろ……こいつが……?
「私になにか用?」
まじまじと眺めていると、女は壁を背もたれにして腰掛けていた木箱から立ち上がり、言った。
胴・脚・腕に着けているのは鎧。
深紅と漆黒が織り成す柄の、美しさすら感じる見事な物だ。
そして、腰には剣を差していた。
見格好は確かに冒険者ではある。
しかしながら、華奢な身体が猛者とは思わせない。
下ろしたまま背中まで届く艶やかな黒髪も、魔物討伐には向いていないだろう。
「あんたが炎の剣士なのか?」
炎の剣士と聞いて、俺は闘志溢れる熱血漢を想像していた。
だが目の前に立っているのは女であり、雰囲気はクールそのもの。
想像とは真反対の姿に、にわかには信じられないでいた。
「信じられない、って顔してるわね」
女は心中を察するや否や、つかつかと俺に近づき、腰に差した剣を抜いた。
なにをする気だ?
「いいわ。みせてあげる」
そう言うと、剣の切っ先を俺に向けた。
……⁉
驚いた。
なんて不思議な刃なんだ。
刃物を突きつけられているというのに、魅了されてしばし見入る。
鞘から抜かれ露わになった刃は、透き通るようなオレンジ色をしていた。
こんな色の剣、あるんだ……。
そして女は言う。
「この私が、ブリザードドラゴンを討伐した――」
オレンジ色の刃に赤みがさす。
そして間髪入れずに、
――ボワッ!!!――
刃から、炎が噴き上がった。
「嘘……だろ……」
信じられなかった。
だが顔全体を焼き尽くさんとばかりに伝わる熱は、まさしく本物の炎だ。
轟々と燃えさかる炎の向こうでは、女のニヤリとした笑みがこちらを覗く。
「炎の剣士、月上京花。世界最強の剣士の名、覚えておいて損はないわよ」




