0039 初めての魔物討伐、そして初めての・・・
「うううっ……気分悪い……」
腹を押さえながら、木々が生い茂る地を歩く。
ギルドを出て街を抜け、昨日に続いて訪れたリスタの森である。
「余計なことするからでヤンスよ……」
「まさかあんなのが出てくるとは思わないだろ……」
呆れ顔の萌生に言い、あんなの、もといマリカ作信号機を思い浮かべる。
……また気分が悪化した。
「そんな様子で大丈夫でヤンスか? これから魔物と戦うでヤンスよ」
「まあこれくらいなら……余裕……」
「全然余裕そうに見えないでヤンスが……あっ! ゴブリン!」
萌生が指差す先には、緑色二足歩行の生物が。
昨日も見かけたゴブリンだ。
「どうでヤンスか? 腹ごなしにでも」
「いや、いい」
討伐を誘った萌生に断りを入れた。
「記念すべき初の魔物討伐なんだ。さすがにもう少し強い奴とやりたい」
初手からブリザードドラゴンを倒す計画は金銭面の都合から諦めたが、いくらなんでもあそこまで弱そうな魔物に初討伐のポストは与えられない。
弱い奴と戦っても、楽しくないだろう。
やるならせめて、そこそこ強いらしいラビットファイターとだ。
「なるほど。まあたしかにお金も少額しか落とさないから、効率面でも悪いでヤンス」
「魔物が落とす金って、強さに比例するのか?」
「うん。ゴブリンはだいたい銅貨1枚しか落とさないでヤンスよ」
銅貨1G、銀貨10G、金貨100G、白金貨1000G。
これが硬貨1枚あたりの価値だ。昨日武具屋で説明を受けた。
「ってことはあいつ、1Gの価値しかないのか」
ちなみにだが、ギルドで食った朝飯は一人前3Gだった。
つまりあいつを3匹倒してようやく1食分。ゴブリンの弱さが垣間見える。
「ラビットファイターなら銀貨7・8枚は落とすでヤンスよ」
「ほう、そりゃいい」
ブリザードドラゴン討伐への費用も一気に貯まる。
強い奴をバンバン倒して、効率よく稼がないとな。
てなわけで俺と萌生はゴブリンを無視。
ラビットファイターを探して、リスタの森を進む。
「あれ?」
萌生が怪訝な声を上げたのは、ゴブリンを無視してから数分後のことだ。
「あそこ、魔法使いがいるでヤンス」
見ると、たしかに数十メートル先、杖を持つ人の後ろ姿があった。
特徴としては、緑色のロングワンピースと、同じく緑色のポニーテール。
森の中だと非常に紛らわしい色である。カメレオンみたいだ。
それに加えて、手に持つ杖の先端には、緑色の魔法石がはめ込まれている。
緑色コレクターか?
「紛らわしい色なのによく気付いたな……。でも、別に珍しいことではないだろ?」
「もちろん、魔法使いの存在は珍しいことではないでヤンス」
萌生は「でも」と唾を飲む。
「回復使いがひとり、なんてどう考えてもおかしいでヤンス」
「あっ、たしかに。攻撃手段が一切無いな」
炎・雷・氷の魔法でさえ、強い魔物相手では足止め程度しか効果がないらしい。
だから魔法使いは、サポートと呼ばれる役割で。
怪我を治癒する回復使いはさらに顕著なことだろう。
言ってしまえばサポート専業だ。
「回復使いがたったひとり。もし強い魔物に出くわそうものならどうしたことでヤンスか……⁉⁉⁉」
周りを見渡し、突如として絶句した萌生。
「あっあっあっ……」
口を開いたかと思えばうろたえ、10時の方向に指を差す。
つられて俺も視線を向けた。
「いっ、言った側から! とんでもないのが現われたでヤンス!」
「なんだあれは……でかいな……」
そこにいた魔物は、ゴブリンと同じ二足歩行であった。
だが、威圧感は比べものにならない。
3メートルはあろう土色の巨体。
頭には2本の角。
手には棍棒。
そして鬼のような恐ろしい表情を浮かべ、12時の方向に見える魔法使いの方へゆっくりと前進している。
「あれはオーガ! この辺に生息する魔物じゃ最強クラスと呼び声高いでヤンス!」
「へえ……オーガ……」
「めちゃくちゃ強いらしくて、落とす金額も半端ないらしいでヤンスよ!」
「らしいってなんだよ。らしいって」
連発された推定の助動詞が気になって尋ねる。
すると萌生は自信なさげに小さな声になって。
「実際に討伐したことがないでヤンスから……。今まで大金を必要とする場面がなかったから大物の魔物を討伐する理由もないし……。それである程度の貯金もできていたし……」
「ええ……」
そりゃまた随分と堅実に生きてるな。
ぱーっと稼いでぱっーと使えばいいものを。
「でもまあとにかく、見かけからして強そうだ。よし、決まり!」
俺は意気揚々と腰に差した剣を抜く。
今朝、ドミゴから出世払いで購入した物だ。
「陽川君、オーガを討伐する気でヤンスか⁉」
「おう! あいつになら初討伐のポストを与えられる!」
「随分上から目線でヤンスね……でもまあこのままじゃ回復使いの彼女も危ないでヤンスし……」
その彼女だが、今だ逃げも隠れもせず悠々と歩き続けている。
自身に向かって歩み寄るオーガにまったく気付いていないようだ。
注意力がないのか、はたまた全身の緑色で木々と擬態できていると思っているのか。
いづれにせよ、危険だ。
「それに僕らは転生者でヤンスから、充分戦えるでヤンス」
萌生はそう言葉を続けて剣を抜いた。
また、転生者であることそのものが重要であるかのような物言いだ。
気にはなったが、もう発言の意図を追求する暇などない。
俺からひとつ、提案しなきゃならんこともあるしな。
「萌生、ここは俺ひとりにやらせてくれ」
「え? ひとりで?」
「ああ、ひとりで成し遂げたくてな」
サッカーにおいても、ひとりで大量点をもぎ取っていた。
やりがいある場面を独り占め、そっちの方が、楽しいだろ?
「うーん……」
萌生は逡巡の色を見せたが、
「ま、大丈夫でヤンスか。陽川君は前世でも運動神経がよかったみたいでヤンスし」
納得して、剣を鞘に収めてくれた。
「サンキュー! それじゃあ……キックオフだ!」
宣言し、俺はオーガめがけて駆け出した。
スタートダッシュは上々。
あっという間に最大スピードに乗り、オーガに近寄るや否や……
「おらっ!」
勢いそのままに、足下へ蹴りをお見舞いした。
鬼のような表情がこちらを睨み付ける。
「おっと!」
振り下ろされた棍棒を華麗にかわし、新体操選手さながらのバク宙で一度距離を取る。
あの一撃をくらったらさすがにやばそうだ。
でも、トロい。
確実に避けられるスピードだ。
俺は今一度オーガに駆け寄り、股の間をくぐって背後に位置取る。
案の定、オーガは俺のスピードにはついていけてない。
構えた剣で背中を一閃。
――ザン!――
だが、効いていない。
傷口は浅く、痛がる様子もない。
オーガは振り向きざまに攻撃。
棍棒が襲いかかる。
俺は身を引いて、一息吐く。
「へっ、なかなかタフじゃねえか」
正面で対峙し合い、俺は猪突猛進。
俺めがけて振り下ろされる棍棒。
わざとギリギリでかわして、懐に忍びこむ。
攻撃後の隙につけ込んで、今度は踏み込んでの一閃。
――ザン!――
胸元への斬撃は力強く。
今度はかなりのダメージを与えられたはずだ。
……って、あれ?
傷口はまたも浅く、致命傷とはほど遠い。
剣の切れ味が悪いのか……?
いや、もっと根本的な問題のような気もする。
「うおっ!」
想定外の展開に気を取られ、振り下ろされた棍棒を避ける間もない。
俺は棍棒を剣で受けてしまった。
剣と棍棒がぶつかり合う、力比べ。
今までは俺がオーガを翻弄し、戦闘をリードする立場だったが……。
――旗色が、変わる――
オーガの棍棒に押され、俺は今を耐えることで精一杯だ。
――あれ? これやばくね?――
襲ってくるのは感じたことのない恐怖心。
額からは冷や汗が垂れた。
――俺が、負けるのか?――
窮地に立ち、ようやく致命傷を与えられない根本的な問題にも気付いた。
それは単純明快、俺の腕力不足。
認めたくない、信じたくないが、オーガと俺とでは力が違いすぎる。
「くっ、くそ!」
形成逆転の兆しは芽生えず、オーガの腕力にされるがまま。
耐え続けようにも、すぐに限界が来てしまいそうだ。
「俺が……俺が……」
残ったわずかな力と、高きプライドが声に乗る。
「俺が負けるかあああああああああああああ!!!!!!!!!」
俺はフィールドのプリンスだぞ!
前世では、誰にだって、何においても、負けたことがない!
だから、たとえ相手が魔物だろうと、冒険者として生きていくと決めたかぎりは……
「負けるわけにはいかないんだああああああ!!!!!!!!!!」
けれどその意気込みは、負け犬の遠吠えとなって消える。
為す術なく根性で耐え抜いていたとき、空いたオーガの左拳が俺を狙うのを見た。
その拳は俺の頭上で影を作り、一撃を与えようと振りかぶる。
「や、やめろ!!!」
高きにあったプライドが墜ち、命乞いが飛び出た。
言葉が通じるわけがない。やめてくれるわけがない。
――お、俺は2度も死ぬのか?――
時間はごくわずかだったが、計り知れぬ絶望感が俺を襲う。
そしてオーガは握りしめた左拳を……
――ドーン!!!――
振るうことができず、吹っ飛んだ!
な、なにが起こった⁉⁉⁉
オーガは倒れ、その巨体で木々をなぎ倒す。
力尽きてへたり込んだ俺の前には、銀色の鎧に身を包んだ男の姿が。
「生意気でヤンス。たかが魔物の分際で」
冷徹な声をオーガに向け、剣を抜く。
萌生だ。
萌生が跳び蹴りで、巨体のオーガを吹っ飛ばした。




