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0037 異世界朝飯?

 ふっくらと炊き上がった白米。

 ダシの旨みが香しいシジミの味噌汁。

 身の締まったアジの干物。

 脇を彩るきゅうりと白菜の漬け物も嬉しい。これだけでご飯3杯はいけそうだ。


 1枚の盆に集結したこれら料理は、今日1日の活力となってくれることだろう。

 

 箸を手に取った俺は、まず汁椀を口元へ運ぶ。

 

 ――美味い。

 

 シジミと味噌のコクが身体中を駆け巡る。

 

 海の幸と山の幸、その両方に恵みを受けた俺は、幼少期のとある日を思い起こしていた。

 あれは7つか8つの頃だったか。

 親の制止を振り切り、友達と勝手に行った潮干狩りで――



「……ってなんか違う!」


「ん? シジミは苦手でヤンスか?」


「それも違う! 異世界特有の新鮮味溢れる料理を期待していたのに、既視感溢れる家庭的な朝食が出てきて思わず幼少期のとある日を思い起こしてしまったじゃないか!」


「ちょっと何言ってるかわからないでヤンス」


 対面に座した萌生は困惑の表情を浮かべながらアジの干物をほぐしている。

 

 一方、興奮のあまりいつの間にか立ち上がっていた俺は、座り直して萌生に問いかけた。


「なんかこう、変わった食べ物が欲しいんだよ。この世界特有の」


「はあ、特有でヤンスか」


「ドラゴンの肉とかないのか?」


「そんなの見たことも聞いたこともないでヤンス」


 言いながら萌生はアジの干物をぱくり。

 前世で食べ慣れたであろう料理を当然の如く受け入れている。

 

 思えば昨日、宴会で出された料理もそうだった。

 唐揚げ、卵焼き、たこさんウインナー。

 運動会のお弁当でよく見た顔ぶれたちが並び、そのギャップに驚かされた。

 俺は特有の料理が食べてみたいのに。


「ドラゴンの肉なんてあったところで固くて不味そうでヤンス」


 ロマンの欠片もない発言をした萌生は、「そもそも」と言葉を続ける。


「あれは魔物でヤンスよ。魔物は倒したら消えてお金になるのに、どうやって肉を剥ぎ取るでヤンスか」


「あ、たしかに」


 正論を受け、とりあえず白米を一口食べた。

 考えようによってはありがたいことかもしれない。

 日本人として和食が二度と食えなくなるのはつらいし、変に不味い物を出されるよりはよほどいい。


 でもなあ……。

 これから行うのは魔物討伐なのに、普通に学校に行くような日常感が押し寄せてくる。


「あのう……」


 汁椀を今一度手に取ったところで、声をかけてきたのはマリカだ。

 テーブルを拭いて回っていた手を止め近づいてくる。

 眉尻を下げ、なんだか申し訳なさげな様子だ。


「お口に合いませんでしたか? なんか違う、と聞えてきましたから」


 おっと、勘違いさせてしまったようだ。


「違う違う。ちょっと想像と現実に食い違いがあっただけだからさ。めっちゃ美味いぜ」


「食い違い? でも、美味しいのならよかったです!」


 ぱあっと、笑顔が咲いた。

 うんうん、マリカには明るい表情が似合う。

 つらい顔と、あと昨日の鬼のように怒った顔は見たくない。後者は特に。


「シジミのお味噌汁は多くの冒険者さんから好評なんですよ!」


 それは二日酔いに効くからじゃないのか?

 実体験はないが、前世でもよく耳にする知恵だ。


「だいたいの想像はついたぜ。ところでこの朝飯、誰が作ったの?」 


「王都から派遣されてギルド所属となった料理人さん達です。奥の勝手口を出ると離れの調理場がありましてね」


「へえ。コームさんの料理人版みたいな感じか」


 それにしては美味い飯を出してくれたものだ。

 丁寧な仕事ぶりには感謝しかない。


「その人達は朝からいるんだ」


「はい。ギルドがずっと開いていることもあって、料理人さんたちも交代制で常に誰かはいることになっているんです。実際、深夜帯の注文は多いみたいですし。でもこんな朝から朝ご飯の注文をした今日は、料理人さん達も驚いていましたね。『え⁉ 朝ご飯⁉ まだ朝だよ⁉』って」


「おいおい、冒険者の自堕落な生活習慣が料理人の感覚を麻痺させているじゃねーか」


「……え? あ! そうですよね! 朝ご飯って本来朝に食べる物ですもんね!」


「お前も麻痺されていたか。勘弁してくれー」

 

 冗談ぽく言って、俺とマリカはふたりで軽く笑い合う。

 そして会話の流れで湧いたふとした疑問を口にした。


「マリカは料理とかしないのか?」

 

 すると一変、マリカは表情に暗い影を潜ませる。


「どうした?」


 尋ねると、マリカは「えっと……」と逡巡した様子。

 言いあぐねているようだ。

 けれど、おずおずとしながらも口を開き、


「できないんです。ワタシ、お料理したいですけど、できないんです」


 抱えた悩みを打ち明けてくれた。


「できないって、どういうことだ?」


「一度家族に作って以来、なぜか他の方々に振る舞うことを禁止されてしまったんです。父と母、お兄ちゃんまでもが『止めておきなさい』と。本当は冒険者さん達にも食べてもらたいのですが……」


 そう言って、マリカは肩をがっくり落とした。

 

 ふうむ、火や包丁の扱いが危なっかしいのかな? 

 だから目の届く範囲で料理させたいと。

 ドミゴもああ見えて過保護な一面がありそうだから、頷ける話だ。


 だがしかし。


 心配だからと言って禁止していては、マリカはいつまでたっても上達しない。

 それに本人のやる気を削ぐことにもなっている。可哀想じゃないか。


「マリカ」


 声をかけると、下を向いていた顔が上がった。だが表情はまだうかない。

 笑顔を取り戻せられるように、俺が一役買ってやるか。


「俺になにか作ってくれよ」


 その瞬間、マリカの目がまんまるに見開いた。

 しかし驚きは一瞬で、すぐに逡巡へと移り変わる。


「でも、止められていますし……」


「大丈夫だって。ここには俺と萌生しかいないからバレないし」


 辺りを見渡してニシシと軽い悪巧みを持ちかけたが、


「でも、でも……」


 マリカの『でも』は収まらない。

 そこで俺はもう一押しを敢行することに。

 マリカの頭にポンと手を置いて、「いいじゃねえか」と微笑みかけた。

 向こうの眼差しも、まっすぐ俺を捉えている。


「ふたりでちょっとだけ悪いことしようぜ。だって俺、マリカの手料理食べたいもん」


「へ、へひ……」


 ん?

 言うや否や、なぜか顔を真っ赤にさせて変な返事を寄越したマリカ。

 へひってなんだよ。へひって。


「は、はい! ワ、ワタシ、腕によりを掛けてダイチさんにご馳走しますから、ちょっと待っていてくださいね!」


「おおう、それは楽しみだ」


 素晴らしい決断をしたのはいいが、なぜ早口なんだろう?


「じゃ、じゃあ調理場をお借りしてきますね!」


 マリカは言い残し、顔を両手で押さえて勝手口へ駆け出した。

 おーい、走ると危ないぞ。


「別にそこまで急いでないのになあ」


 呟く。そして、ふと正面から向けられる視線に気がついた。


 それは萌生から放たれたもので、『お前マジか』とでも言いたげな、驚きと呆れが混在した眼差しであった。


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