0036 ターゲットの魔物
朝飯を食おうと外に出たのはいいものの、今の時間帯、開いている飲食店が見当たらない。
「ギルドの食堂はどうでヤンスか? あの場所はいつ何時でも開けっぱなしにしているみたいでヤンスし。この時間でも誰かいるかも」
萌生から提案があったのは途方に暮れかけた矢先のことだった。
「それいいな」と同意し、俺と萌生はギルドに向かった。
昨日は一悶着合った引き戸も今日はスムーズに開ける。
入場するとまず、いびきをかいてそこら中に転がっている冒険者達が目に飛び込んできた。
なんともむさ苦しい光景だ。
中には一升瓶を抱えたり枕にして寝ている者もおり、あの後まだ酒を飲んだのか、と嘆息させられた。
もしや萌生はこれを知っていてギルドではなく宿に泊まろうと申し出たのか?
たしかにこの醜態の仲間入りはしたくないなあ。
もう朝だというのに誰ひとりとして起きる気配はない。
しかし、こんなむさ苦しい空間にも一輪の花が咲く。
「あれ⁉ 随分早起きですね⁉」
マリカだ。
魔物の出現情報が寄せられる掲示板の前に立ち、張り紙を貼り替えていた。
「おはよう。そんなに驚くことか?」
俺は笑みを浮かべて問いかける。
「ここの冒険者の方が午前中起きているのを見たことがないので……。みなさん昼を過ぎた頃『ああー頭いてー』と二日酔いに苦しみながら起床されるのが常です」
自堕落すぎるだろおい!
徹夜での作業を終えて今は自宅で眠りについているドミゴも、この現状にはほとほと呆れているだろう。
「朝起きて夜寝るくらいの生活習慣は身についているさ、俺はな。ところで、マリカも早起きじゃないのか?」
早朝の武具屋ではマリカの姿を見かけなかった。
俺が一旦宿に戻った際に自宅を出た可能性もあるが、もしかするとそれ以前に、すでにギルドに来ていたのかもしれない。
「ワタシも朝になると自然と目が覚めちゃうんです。やりたいこともたくさんありますし。こうして張り紙を変えたり、お掃除したり」
「なるほど……あれ? コームさんは?」
王都から派遣されてギルドに勤めている彼女の名を出した。
昨日は隅に設置された案内所に座していたが、今、その姿はない。
「コームさんはいつも始業時間ギリギリに来られますよ」
「ああ、そういうことね……」
相変わらずイメージに合った行動をする人だ。
『その仕事、いらなくないですか?』と。
禁句指定されたが思わずにはいられない。
今はマリカと対比して余計に。
「そうそう、朝ご飯とか、ある?」
「ありますよ! ええと、お二人分でよろしいですか?」
本題を切り出すと、マリカは俺の後ろに立つ萌生の分も数えて言った。
このへんの心遣いはさすがだ。
「ああ、よろしく頼むよ」
「はい! それにしても新鮮な気持ちになりますよ!」
「え? なにが?」
「冒険者の方にこんな朝から朝食を出すのは初めてです。いつもは太陽が昇りきった頃になりますからね」
それはもはや昼食だ。
「準備ができたら呼びますので、それまで掲示板でも眺めていてください!」
マリカは元気よくそう告げて、ギルド奥の食堂へと向かった。
待っている間、特にやることもない俺と萌生は、マリカに勧められたとおり、所狭しと張り紙が貼られた掲示板の前に立つ。
「ええと、いろんなのがいるな……」
「この近辺以外に生息する魔物の情報も寄せられているようでヤンスね」
さっきまで後ろに立っていた萌生は、隣にやって来て言う。
ふむ、情報のネットワークは王都所属のコームさんが一端を担っているのだろうか。
さすがにそうであってほしい。
もしそれもマリカがやっているのなら、コームさんの給料を没収してマリカに流してやりたいくらいだ。
「チクリン林の主サーベルパンダ、リバー川の支配者ジャイアントピラニア、スナスナ砂漠の暴れん坊キングラクダ」
「うーん……」
萌生が指を差して読み上げるが、どれもこれも心を惹かれない。
今日は俺にとって初めての魔物討伐となる。
だからそれに相応しい、もっと圧倒的に強そうな魔物を相手にしたいのだ。
「……おっ!」
欲する相手を明確にして物色を続けていると、1枚の張り紙に目が留まった。
その張り紙は、まるで歴代の冒険者達が敬遠してきたことを表すかのように隅に追いやられており――
【世の頂点、永久凍土のブリザードドラゴン】
「あいつにしようぜ! ブリザードドラゴン!」
見るからに強そうだったから即決。
読み上げを続ける萌生に、俺は意気揚々と告げた。
しかし、
「ええ……ブリザードドラゴンでヤンスか……」
返ってきた反応は渋く、萌生は眉根にしわを寄せた。
「なんだよ、不満か?」
「だってこいつ、とんでもなく強いでヤンスよ。昨日話した天候を変えた魔物はまさにこいつのことで、更地だった場所を氷の地に変貌させてしまったそうでヤンス」
「だからいいんだろ」
強いからと言って尻込みする萌生を一蹴した、と思いきや――。
「だいたい、永久凍土はここから遠いでヤンスよ。旅費はあるでヤンスか?」
「へえ? 旅費?」
呆れを含んだ萌生に一蹴されたのは、逆に俺の方だった。
「たどり着くまで何日かかるかわからない距離の中、発生する食費や宿泊費。現地は寒いから防寒具は必須だし、そのブーツだって豪雪地帯用に特注し直す必要があるかもしれないでヤンスよ」
考えられる問題点はどれも的確で、一文無しの俺は心がイタイイタイなのだった。
「昨日の宿代や今日の朝食代なんかは僕が出してあげられるでヤンスが、永久凍土までとなると持ち合わせが……。さすがにそこまで貯金はしてないでヤンス」
「いや、ほんと、ありがとうございます」
深々としたお辞儀は冗談99%だったが、意見そのものは受け入れざるを得なかった。
まさか海外の有名クラブから50億円の契約金を持ち出された俺が金に困ることになるとは……。
「だからこれは目標と位置づけて――」
俺がギャップに頭を抱えたくなる中、萌生はブリザードドラゴンの張り紙に差した指をスーッと上げて、別の張り紙の前で止めた。
「ひとまず、貯金と訓練。こいつなんてどうでヤンスか?」
【森の戦闘狂ラビットファイター】
「うーん……ラビットねえ……」
戦闘狂なんて荒々しい肩書きがついてはいるが、所詮はウサギちゃんである。
冒険者としてのデビュー戦の相手が弱々しいウサギはねえ……。
ちなみにだが。
前世の頃、高校サッカーにおいてのデビュー戦の相手は、『東の王者』とも揶揄されるサッカーの名門校、海帝山高校だった。そう、直近の試合で30点を奪ってやったあの高校である。
海山帝とは去年のインターハイ地区予選一回戦でも当たり、当時1年生だった俺はそこを相手にひとりで10点取りった。そして陽川大地の名を全国に轟かせたのだ。
相手がもし弱小校なら10点取っても話題にはならなかっただろう。
始まりはなんにおいても大切である。かつての経験に、俺はそんな矜持を得た。
強い奴にこだわるのは、前世のそんな背景もある。
「いやいや、ラビットファイターも相当強いでヤンスよ」
強さに難色を示しているのが伝わったのか、萌生はそんなことを言う。
「ジャンプ力とパンチ力は一級品。普通なら、初心者冒険者が相手にできる魔物じゃないでヤンス。でも陽川君は――」
「用意ができましたよ~!」
その瞬間、熱弁を振るっていた勢いはどこへやら。
やって来たマリカの声が響くと共に、萌生は話途中にもかかわらず俺の背中に隠れて黙った。
相変わらず意味不明な行動だが、続く言葉は容易に想像できる。
『でも陽川君は運動神経が抜群でヤンスから』
さしずめこんなところだろう。問うほどのものではない。
ともかく、朝飯の用意ができたようだ。
「ほら、行こうぜ」
萌生にそう声をかけて、ギルド奥の食堂へと向かう。
腹を空かせた俺は魔物のことを一旦忘れ、脳内は飯一色となった。
はたしてどのようなメニューだろうか。
この世界特有の食材とか、あるのかなあ?




