0035 異世界2日目スタート!
新しい服、新しい靴、そして新しい剣。
まあ、最後にいたっては新しくて当然だ。
日本で腰に剣を差し歩いていたら、きっと警察が飛んでくる。
それらを身に付け、俺、陽川大地は軽い足取りで階段を駆け上がる。
昨日宿泊した宿屋である。
異世界初日の昨日、そこの2階にある一室で一晩を過ごした。
ちなみに萌生も同部屋だ。
ギルドで寝泊まりするという選択肢もあった。
金もなかったし、ベッドでなければ眠れないわけでもない。
だがしかし。
萌生が言葉には出さずとも表情で露骨に嫌がったため、見送ることにしたのだ。
意外と温室育ちなのかな? 綺麗なところでしか眠れない、とか。
贅沢な奴だなと振り返りながらも、宿代を肩代わりしてもらったことは感謝しかない。
『僕がお金を出すから……』と、そうまでして俺を宿屋に引き入れたかった理由はよくわからないが。
実は早朝、少しの間外出していたのだ。
そして今は部屋に戻る最中。着き、ドアを開けた。
……ん?
ベッドの上に座り、うつむく萌生の姿に目が止まった。
起きたのなら着替えればいいのに。
『なにやってるんだ?』と声をかけ、カーテンを開ける。
すると、さっきまで直に浴びた朝の光が、今度は窓を介して降り注ぐ。
異世界生活二日目は、雲ひとつない晴天。いい朝だ。
俺は言葉を続ける。
気持ちのよい1日になることを予感しながら、『朝飯でも食いに行こうぜ』と。
「う、うん……!」
驚いた表情を見せたのち、やがて笑みを浮かべて力強い返事を寄越した萌生。
その反応もさることながら、頬に流れる大粒の汗に違和感が走る。
「すごい汗だな。昨日の夜ってそんなに暑かったか?」
この世界に四季があるのかは知らないが。
少なくとも昨日今日は過ごしやすい気候である。日本だと春か秋の気温だ。
「え、えーと、ふ、布団被って寝てたでヤンスから! あ、頭まで!」
そう言って萌生は寝間着の裾で汗を拭い、くっきりと寝汗の跡がついたそれから鎧へと着替え始めた。
「それ……戦闘服でヤンスよね。布製の」
着替えする手を動かしながら、俺の服装を見て言う。
「大正解だ」
「剣もあるし……いつどこで手に入れたでヤンスか?」
「ついさっき、今朝にな。ドミゴから出世払いだ」
~数時間前~
自慢じゃないが、俺は早起きだ。
これは前世の頃から身についた習慣であり、転生してなおも引き継いだ俺は、いつものように朝日が顔を出した直後に目を覚ました。
このままベッドで横になっていても暇なだけ。
てなわけで散歩に出かけることにして身体を起こす。
そして、隣で寝息を立てている萌生を起こすのは気が引けたため、ひとりで外に出た。
外は夜明け直後で若干の薄暗さが残っていた。当然のように人の姿はまだない。店も開いていない。だがそんな中、とある1つの店からは明かりが漏れ、人の気配が感じられた。武具屋である。
開かれた扉から中をのぞき込むと、ドミゴがいた。
真剣な面持ちで、布に針を通して引いてを繰り返す彼に、俺は声をかけた。
『おはよう、ドミゴ』
『おお、ダイチじゃないか。随分早起きだな』
『そっちこそ。もう作業を始めているのか?』
『オレは夜通しだ』
『え⁉ 寝てないのか⁉』
『ああ、いい戦闘服を作ろうと意気込んでいたらつい夢中になってしまってな。でもそのおかげで……ほら、完成、お前の戦闘服だ』
驚いた俺の目の前に掲げられたそれは、紺色のロングジャケットだった。
立て続けに、同じく紺色で細身のパンツと、白色のシャツも手に取って見せてくれる。
昨日お願いした戦闘服を、一晩で仕上げたと言うのだ。
目の下に隈を作ったドミゴは、『それにしてもドンピシャのタイミングで来たな。完成を嗅ぎつけたのか?』と笑う。
『ドミゴ……ありがとう……恩に着る』
『おう、しっかり着てやってくれ。ちなみにデザインだが――』
どうやらドミゴはブレザーの制服が気になっていたようで、『国の役人が着るようなかしこまった服装が好きなんだろ? だから色を同じにして、形状も似せておいたぞ』と。
ブレザーは学校の制服だから着ていただけで、別に好きでもなんでもないのだが、その心遣いは身に沁みる。
さらに、昔作ったという剣とメンズブーツも出世払いで頂戴できたから感謝もひとしおだ。
かくして俺は、冒険者としての装いを手に入れた。
***
「――――というわけだ」
一連の流れを萌生に話してやると、
「な、なるほど。今まで外出していたのはそういうわけで……じゃあ誰かと遊んでいたとかではなかったでヤンスね」
そう言ってほっと一息ついた。
安心感のような息づかいはどこから芽生えたのだろうか。
会話の間に着替えも終わり、萌生は昨日と同じ銀色の鎧を身に纏っている。
些細な疑問が生じたのはその姿を眺めてのことだった。
「なあ、その鎧、重くないか?」
萌生の鎧は、なんというか、ごつい。
鎧を着けた冒険者は昨日ギルドで沢山見たが、大体が肘、膝、脛、それに腹部などを保護しているに過ぎない。
ドミゴの話によると、皆、布製の戦闘服に使われるマモール材を含んだ中着を着用しているため、それである程度は大丈夫だそう。耐久性と俊敏性を兼ね備えた、合理的な構成だ。
ところが一方で、萌生が使う鎧は全身が金属で守られるようできている。
薄いヘルメットのようなヘッドガードも着用しているため、その身に金属が触れていないのは顔面だけ。徹底された防御態勢だ。
「全然重くないでヤンスよ」
言いながら肩を回す萌生。
ガチャガチャと響く無機質な音は台詞に合っていない。
だが唯一露出した顔面に浮んだ涼しい表情は、言葉の通りである。
「まあ、前世の頃なら重くて身動きひとつ取れなかっただろうでヤンスけど」
「ほう」
感心した。
その言い回しから察するに、転生以後、冒険者として生きていくために身体を鍛え上げたのだろう。
「やるじゃないか」
努力のできる人間には好感が持てる。
俺には不必要なものだから余計に、ね。
「……え? それってどういう」
「さーて、じゃあ出かけるとするか!」
萌生がなにか言いかけた気もするが、意気揚々と開けた扉が床を擦る音にかき消されてしまった。
まあ、大したことじゃないだろう。それよりも建付けを直してほしいところだ。
胸の高鳴りと共に外へ出た。
朝の新鮮な空気が俺を歓迎しているような気がする。
今日はいよいよ、魔物討伐に繰り出そう。
その前に朝飯食って力をつけておかないとな。




