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0034 秘めた過去と吐いた嘘(フェイズ萌生)(4)

 彼、陽川君と友達になりたい。


 だが友達というのは、片方が想いを寄せているだけでは成立しない。

 彼は、僕を友達だと思ってくれているのだろうか?

 

 いっそ聞いてみようか。『僕たち、友達だよね』と。


 いやいや――


 それはさすがに変じゃないか。

 

 どのように変なのかは、交友経験の乏しい僕にはうまく説明できないが、なんというか、当てつけがましいというか、何の脈絡もなくそのように切り出すのはおかしいと思う。


 言うとすれば、もっとサラッと、自然な感じで、あくまでも会話の一部として……。


 会話は、よくキャッチボールに例えられる。

 要するに、相手が取れない言葉を投げかけるべきではないのだ。

 

 もし急に、『僕たち友達だよね?』なんて投げかけたら、暴投もいいところで、言葉という名のボールは後ろに逸れ、視界から消えて、もう二度と見つからないかもしれない。


 でも彼ならどんな暴投でもキャッチしてくれるかな? 

 そんな気が、しないでもない。


 ……キャッチボールに例えたせいで、話がややこしくなった。

 

 とにかく、友達だと直接確認するなんて無理だ。不自然極まりない。

 

 確認できる上手い手立てはないかと考えてみるが、なにも思いつかない。

 

 パッと頭をよぎったのは、彼が『萌生』と、僕を下の名前で親しげに呼ぶことであるが……。

 

 それが現状の関係を示す事柄にはなり得ないだろう。

 

 だって自己紹介した直後からそう呼んでいた。

 つまるところ、単に彼の陽気な性格がみせた言動に違いない。

 下の名前で呼ぶことに、彼はなんの抵抗も特別感も持ち合わせていないのだ。


 おまけにギルドでの彼は、僕に自身を下の名前で呼ぶよう促した。

 陰気な僕にしてみれば、到底不可能なことだ。

 

 下の名前で呼び合うなんて友達同士のすることであり、友達だとまだ確証がない中では、踏み出す勇気が持てない。

 

 だから『住む世界が違う』なんて距離を置く言葉を使って逃げてしまった。


 自分で自分を、面倒くさい人だと思う。


 単純に、彼が僕を萌生と呼んでるから、僕も大地君と呼ぶ。それでいいはずなのに。


 合理的な考えとは裏腹に、大地君という五音の固有名詞は、喉から出そうになっては消えていく。


 友達になりたいと望むくせに、自分から歩み寄ろうとはしない。

 それどころか、確証がないからと言って、差し向けられた手を取ろうとしない。

 さっき自分を面倒くさいと評したが、それを通り越してもはや変人だ。


 この変人的思考は、過去のトラウマと失意がもたらした。


 高校入学時、僕は期待を胸に抱いていた。

 けれど、その期待は塵のように儚く消えた。

 

 そして、やり直せると思った転生直後も、結果は同じくである。


 これらの経験以降、期待することをやめたのだ。


 期待して、それが無下になったときのショックをもう味わいたくない。

 最初からある程度距離をおき、期待しない方が悲しまずに済む。

 

 彼と友達になりたいと願ったとしても、実際になれるなんて都合良く考えないように。

 だから陽川君と、僕は呼ぶ。

 

 実際に、その消極的な保険は役に立ったかもしれない。


 今、うつむいてボーッと掛け布団に投げていた視線、それを横に傾ける。

 この部屋にあるベッドは2つ。

 

 片方には彼が寝ていたはずだが、今、その姿は見えない。

 残っているのは乱雑に脱ぎ捨てられた備え付けの寝間着のみだ。

 まだ朝日はのぼりたてだというのに、どこに行ってしまったのだろうか。


 少し考えて、自分なりの結論を出す。


 僕以外の誰かと遊びにでも行ったのだろう。

 

 異世界に転生して1日も経過していない中である。普通の人なら急激な環境の変化にまだ心身が慣れないし、交友関係の構築もこんな短時間では難しいだろう。


 だが、彼ならあり得ない話ではない。


 昨日1日見てわかったが、彼は環境の変化をもろともしないどころか、不慣れな場を自分色に変えてしまう力がある。

 

 例として上がるのは、ビールをコーラに変えてしまったあの出来事だ。

 中心人物になるために生まれてきたのではないかと、僕に思わせた。


 しかも人から異様なほど好かれて、彼自身も友好的に接するから、初対面の人物であろうと打ち解け合うのが早い。

 

 そんな彼のことだから、さしずめ陰気な僕を捨てて、素行に問題はあるが明るく元気なギルドの冒険者達と――


 いやいやいやいや――


 僕を捨ててってなんだ。捨ててって。


 彼が何をするかは、彼の勝手だろう。

 いちいち僕に報告する筋合いもない。


 本当に、僕は面倒くさい性格をしている。

 一体彼をどうしたいのか。自分でもわからない。


 ただ、ひとつだけ言えることは――


 友達がほしい、という願いが。

 彼と友達になりたい、という具体的な願いに変わった。

 

 僕は、彼が好きなんだ。……変な意味ではない。


 だがどうせ、その願いは叶わない。

 僕みたいな陰気といるよりも、他の人といる方が彼も楽しいだろうし。

 

 昨日はいい夢がみれた、そう考えよう。

 たった半日だが、僕の人生が少しだけ彩られた。

 この別れは、きっと必然だ。


「……あーあ」


 自虐的な心と、諦観の呟きが余計悲しみを加速させ、身体に訴えかけるように目が潤った。

 

 頭を抱えてうつむくと同時に、視界と心中は同じ闇色に染まる。

 


 

 どうせ……どうせ……どうせ……僕なんて……









「なにやってるんだ?」



「……え⁉」


 昨日も聞いた台詞が、同じ声色の持ち主から放たれた。

 いつの間にか隣に立ち、怪訝な表情を浮かべるのは、他でもない陽川君である。

 滴がこぼれ落ちる寸前だった目は見開いて、ただ彼を一点に見つめていた。

 

「ま、起きたのならそれでいいや。俺の目が覚めたときにはまだ熟睡してたもんな。起こすのを憚るくらい」

 

 彼は軽い口調で言いながら窓際まで歩み寄り、カーテンを豪快に開けた。

 薄暗かった部屋に朝日が差し込む。

 光に照らされた彼の横顔は、どことなく新鮮さに溢れていた。

 それは服装のせいもあるだろう。


 第一ボタンを開けた白シャツと、紺色のロングジャケット、スタイルの良さを存分に生かした細身のパンツも同じく紺色で、ローファーだった足下は利便性のよさそうなメンズブーツへと変わっていた。


 そして、腰には剣。いつどこで手に入れたのか。


 そんな彼は、男の僕をも惚れ惚れさせてしまう微笑みを向け、口を開く。


「さっさと着替えろよ。朝飯でも食いに行こうぜ」


 装いの変化など、目に入らなくなった。

 彼の言葉と、笑顔に心を奪われて。

 友達になりたい。他でもない、彼と。


 その瞬間、過去のトラウマと失意によりもたらされた思考が、少し揺らいだ。

 


 今度こそ、期待してもいいのかなあ……。

 


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