0033 秘めた過去と吐いた嘘(フェイズ萌生)(3)
僕の空虚でなにもない人生は終わりを告げた。……かに思われたが。
喜びも悲しみもない、永久に続く真っ黒の空間に一筋の光が舞い込んだ。
奇跡か、それとも運命か――。
僕は異世界に転生し、もう一度人生をやり直せることとなった。
読んでいたラノベのような展開に大層喜んだことを、今でも覚えている。
ラノベの主人公は全てが僕みたく前世でよい人生を送れなかった者ばかり。
それが転生先では仲間を作り、恋愛し、共に立てた大きな目標に向かって突き進む。
当然、僕も同じくと、期待したわけだ。
友達がほしいという願いは再燃し、
全てが真新しい世界に興奮と感動を覚え、
今度こそは上手くいくと確信めいた自信を持ち、
一抹の不安もない中、身を投じたこの世界で――
僕は誰とも、話せなかった。
前世のトラウマか、他人と話そうとしても言葉が出てこない。
代わりに出るのは冷や汗で、逃げるようにその場を立ち去るのがお決まりの流れ。
対人恐怖症、だと思う。
特に学校の教室を思い出させるような、狭くて人が密集した空間は顕著で、端から見るのもつらいほど。思わず目を背けてしまうこともしばしばある。
そんな僕に友達などできるはずもない。
思えば、転生したら友達ができるなんて根拠のない確信は、どこから湧いて出てきたのだろうか。
ラノベなんてものは、所詮ご都合主義まみれの創作世界であり、冷静に考えると、前世でまともな対人関係を築いてこなかった者が、転生した途端にやれ仲間だ、恋人だ、なんて無理に決まっている。
こうして僕は異世界でもひとりぼっちになった。
ひとりでご飯を食べ、日銭を稼ぐためにひとりで魔物を討伐し、ひとりで宿屋に泊まって1日を終える。
やりがいなど、なにもなかった。
けれど前世のように死を選んだりはしなかった。
惰性の日々だが、それでも引きこもりだった前世に比べたら異世界は生きやすい。
だって転生者はあれを貰っているから――――。
それが毎日、生を繋ぐ程度にはエネルギーとなった。
そして、転生して半年は経っただろうか。
孤独のトンネルは、ふとして終わりを迎える。
陽川大地。出口の光は、彼と出会った昨日に差し込んだ。
魔物が出現する森で熟睡する彼を見て、最初に思ったこと、それは『危ないな』と。
ただそれだけだった。
近寄って、もっと至近距離からその姿を眺めてみると、服装から彼が転生者であることを察した。
つまりは僕と同じ境遇の持ち主。
だが、それだけでは声をかけるに至らない。
髪はド派手な金色だ。
前世の不良共を思い出し、転生者として親近感を覚えるどころか恐怖で萎縮してしまう。
だから、危険だと思いながらも、見なかったフリをしてこの場から立ち去ろうと思った。
ところが――
あれ? なんか違う?
前世の記憶と照らし合わせて恐怖しつつも、今までにはない感情も頭をよぎる。
上手く言葉では言い表せない。
なんというか、得も言われぬ彼の魅力が脳を満たし、次第に恐怖が消えてゆく。
立ち去るはずが、引き寄せられるように彼の顔をのぞき込んだ。
途端、彼は目を覚ます。僕は考えるより先に声が出た。
――『大丈夫でヤンスか』――
驚いたことが2つあった。
たった一言であっても、どもることも萎縮することもなくスムーズに話せたのはこれが初めてだ。
それに、ヤンス、と。
前世で悲惨な結果を招いた語尾をつい使ってしまった。
思えば、僕が他人に向けて自分から言葉を発するのは、高校入学時の自己紹介以来だ。
あのときの口調が脳裏に潜在し、意識せず口から飛び出したのだと思う。
後戻りできないと思ったのか、よせばいいのに二言目三言目もヤンスを継続してしまう。
しまいにはアイデンティティなどと表し、まるで確固たる信念を持っているかのように振る舞って。
冷静に修正を試みず、暴走とわかっていながら突き進む。
一切話せないのも勿論問題であるが、話せばそれもまたというべきか、根っからのコミュニケーション下手を自覚した。
だが一方で彼は、この口調に不思議がる様子は見せながらも、貶したり無視したりはせずに、僕と接してくれた。
彼は僕とは対照的だった。
どんな相手でも明るく積極的に接して、それでいて窮屈さを感じない、与えさせない。
会話を通じて相手のいいところを自然と引き出しているような、そんな気さえした。
これはもうコミュニケーション上手を飛び越えて、コミュニケーションの匠だ。
僕自身、多分に漏れずその対象である。
彼と話していると、対人恐怖症が治ったのかと錯覚するほどだった。
……まあ、実際は治ってなどなかったのだが。
彼以外とは話せず、ギルドでは彼の後ろに隠れたり、人の視線を集めるのが嫌で転生者ではないと嘘を吐いたりもした。
僕が打ち解けられる相手は彼だけだ。
彼といると、孤独から開放されるだけじゃなく、心が華やぐ。
だから、彼と友達になりたい。




