0032 秘めた過去と吐いた嘘(フェイズ萌生)(2)
今日見た悪夢、あれは自身のフラッシュバックだ。
高校入学時に受けたいじめを、鮮明に表していた。
根暗な僕の人生は、真っ暗な闇同然だった。
小学校で不登校、中学校でも不登校。
人とは極力接さず、部屋に籠もり、暇つぶしのゲーム、漫画、ラノベと触れ合う日々。
楽しかったかと問われると、まったくそんなことはなかった。
毎日がまるで、宿題をやっていないで迎える夏休み最終日のように、重く、苦しい。
そんな中――
あれは中学卒業を半年後に控えた15歳の頃だったか。
このままではダメだ、と。
大人とも子供とも言いがたい年齢まで生きた僕は、時間という留まることを知らない無情な流れに焦っていた。
そして同時にこうも思った。
ゲーム、漫画、ラノベといった創作世界の中で生きるキャラ達は、人と関わりを持ち、共になにかを成し遂げ、幸せになっているんだ。
現実世界においても同様で、このままひとりで生きていくなんて無理だし、嫌だ。
だから僕も――
友達が、ほしい。
こうして一世一代の勇気を振り絞り、高校入学を決めた。
選り好みできる成績では到底なかったため、偏差値は低く、家からも遠い私立校である。
だがここで新しい人生をスタートさせるんだと意気込み、全てが新鮮な環境に胸が高鳴り、どんな友達ができるかなと希望を抱き、待ち受けた結果が――
いじめだった。
原因は入学式直後、クラスに集められて最初に行われた自己紹介にあった。
無難に進める者、少しウケを狙う者、ウケを狙いすぎて滑る者、多種多様な自己紹介の中で。
とにかく友達を欲し、それを目下の目的として高校生活をスタートさせた僕は、クラス全員を前にした自己紹介で、自分を皆の印象に残すため、ただ目立ちたい一心で――
語尾に、ヤンスと付けてみた。
場は一瞬で凍り付いた。
ただ滑っただけならそれも笑いになるが、あいにく僕に向けられたのは、希有なものや、いたたまれないものを見るそんな表情で。
人付き合いに慣れていない陰気な人間がこんなことをすべきではないと、わからされた。
気を惹きたいならもっと適切なやり方と、適切な話し方というものがある。
振り返ってみれば、僕は変な語尾を付けたほか、冷や汗をかいてどもりながらしゃべっていた。
こうして自己紹介は事故と言わんばかりに大失敗。
席に着くと、今後関わりたくないと思われたのか、今日初めて会ったばかりのクラスメイト達からは軽蔑の視線すらも向けられなくなり――
残ったのは見るからに素行が悪そうな者達の、恐ろしさを感じる笑みだった。
そこからは思い出したくもない日々の連続である。
教科書を隠される嫌がらせから始まり、机に落書き、椅子に画鋲、挙げ句にはカツアゲ・暴力と、不良共からどんどんエスカレートするいじめを受け続け、5月のGWが開ける頃には元の引きこもりへと戻ってしまった。
どうせ僕なんてと自虐しながら、創作世界とのみ触れ合う日々が、また始まった。
僕の視界を埋めるのは、見飽きた画面と、見飽きた紙面。
時の流れを実感したくなかったため、何度も同じゲームを、漫画を、ラノベを、繰り返した。
もちろん外界の情報も一切をシャットアウト。
高校入学後の引きこもり期間に得た情報といえば、窓の外から偶然耳にした、女子高生が殺人事件を起こしたことと、空前の高校サッカーブームが到来しているとのこと。
前者を聞いたのはクリスマス頃だっただろうか。
そんな物騒なことをしでかした女子高生は、今どこでなにをしているのだろう?
後者は……たぶん陽川君の影響かもしれない。
引きこもり生活は、約一年ほど続いた。
というより、それ以上続かなかった。
自室にいれば安全だ。いじめられることはない。
だが、否応なしに流れる時間に、僕はまた焦らされていたのだ。
僕が引きこもっている間にも、この世界は動き続ける。
その流れに乗れず、ただただ空虚な時間を過ごす僕に、生きる意味などあるのか。
別に世界を舞台に活躍しようとか、大それたことを考えていたわけではない。
友達を作って、普通の生活を満喫したかった。ただそれだけなのに――
そのうち、創作世界に逃げることにも限界がやってきて。
時間という魔物は焦らせるどころか、前へ進めと僕の背中を突き飛ばし、
先にあるのが奈落の底にもかかわらず前進を促し、
僕が躊躇すると胸を締め付ける。
夏休み最終日なんて比喩表現では収まらなくなり、
僕はダメだと自分で自分を責め、
気付けば逃げ場はどこにもなくなって――
苦しかった。
つらかった。
耐えきれなくなって、自殺した。
桜が満開になる頃。
順当にいけば高校二年生に進級するはずだった、16歳の春であった。




