0031 秘めた過去と吐いた嘘(フェイズ萌生)(1)
『痛い……』
『苦しい……』
『つらい……』
『……死のう』
「わあ!」
飛び起きた僕は御手洗萌生。
辺りを見渡し、この恐怖が夢であったことに気付く。
昨晩、陽川君と入った宿屋である。
ベッドは寝汗でぐっしょりと濡れ、なおも流れる汗がカーテンの隙間から漏れた朝日で光る。
どす黒いヘドロのような心中とは対照的な、底意地の悪い輝きだった。
「ふぅ……」
一息つくと共に、額の汗を寝間着の袖で拭った。
たくさんかいた寝汗による寒気のせいか、それとも悪夢の残像のせいなのか、震えが止まらない。
ひとまず、この恐怖から脱却したい。
そう思った僕は、気分を変えるべく楽しいことでも考えようと努める。
そういえば昨日は、僕に変化をもたらす、いい日だった。
鎧に身を包み、腰に剣を差してリスタの森を歩いていると、木の根を枕にして熟睡する金髪の男を発見した。好奇心を引かれて、近寄ってみる。
その男の第一印象としては、寝ていてもわかる端正な顔つきと、モデル顔負けのスタイルの良さ。
そしてなにより着目すべきは、服装。
この世界では見慣れないそれはブレザーの制服で、一目見て僕と同じ転生者だなと理解し、声をかけてみた。
彼の名は陽川大地。案の定、転生者であった。
不思議な魅力を持った彼は、自分の置かれた新しい環境にほんの少し戸惑いを見せただけで、一切臆することなく全てを受け入れる。そんな前向きな彼に、僕もすっかり惹かれてしまった。
聞くと、前世ではかなりの有名人だったらしい。
フィールドのプリンス、なんて肩書きが付いた稀代のサッカー少年だったらしく、その実力はしかとこの目で見届けた。
――『膝かっくん、やるぞ』――
そう言って、魔法石泥棒の膝裏に寸分違わず蹴り当てるのだから、驚きである。
マスコミや女の子から引っ張りだこにされていたという漫画のような話も、きっと本当のことだろう。
そんな彼をギルドに連れて行ってみた。
あまりいい噂を聞かない場所ではあるし、僕自身も過去に1度覗いた程度でしかなかったが、この世界を知る材料の1つにはなるため、ものは試しに案内してみたのだ。合わなければすぐ引き返せばいい。
ところが――
彼の不思議な魅力は、ここで一段と力を発揮する。
癖のある冒険者達が、彼の人柄に惹かれていくのが見て取れた。
きっかけこそ転生者であるという物珍しさから始まったが、彼は無自覚に振りまく笑顔とノリの良さで、冒険者達を虜にしていったのだ。
運動神経も、コミュニケーション能力も、彼の持つ力はすさまじい。
僕としては、同じ転生者を名乗るのを憚られるくらいだ。
僕と彼は、住む世界がまったく違う。
彼に比べたら、僕なんて――
楽しいことを考えていたはずなのに、徐々に気分が暗くなる。
忘れかけていた悪寒も再び姿を現し、僕は脚を抱えて縮こまった。
グルグルと頭を巡るのは、思い出したくもない前世のことと、ギルドで彼に吐いてしまった1つの嘘。
――『僕も……交通事故でヤンスから……』――
本当の死因が、自殺であるにもかかわらず。




