0030 ギルドの鬼のマリカ
「ど、どうしてこんなことに……」
すっちゃかめっちゃかになった食堂で、俺は呟いた。
「酔っ払ったせいで冷静さを失ったんじゃないでヤンスかね……」
な、なるほど。
ここの冒険者達はシラフでも冷静とはかけ離れている非常識人だ。
彼らに酒の魔力が加わり、こんな大惨事を招いた。
うーむ、ギルドが若くてまともな冒険者達から距離を置かれている理由に立ち会っている気がする。
ジョッキを片手にまだリフティングを続ける冒険者達も多数。
赤ら顔で「よーし! 次こそは!」なんて意気込んでいるが、頼むからまず酔いを覚ましてくれ。
悪酔いもいいところだ。
「ドミゴは⁉ ドミゴ⁉」
「あそこで寝ているでヤンス」
萌生の指差す先には、大いびきをかいて仰向けになるドミゴの姿が。
唯一と言っていいまともな彼はすっかり酔い潰れていた。
一緒に場を収めようと思っていたのに、これでは戦力にならない。
「じゃあ……あいつは⁉」
チンピラ冒険者を探す。
あいつは見た目こそいかついが、移り気が激しい以外、中身はまともな方である。
しかも酒を大量に飲んでいる様子も見られなかった。
「お手玉をしていた冒険者のことでヤンスか?」
「そうそう」
「その人ならさっき、『立派なリフティングマスターになるため下半身のトレーニングだ! 走り込むぞー!』と出て行ったような……」
いや真面目か!
こんな状況でなければ、目標のために努力を惜しまない好青年のイメージを持てたのだが……。
「あっ、あの冒険者、窓ガラスを割ったでヤンス!」
「……もうしらね」
ここまでくるとさすがの俺も手の施しようがない。
諦めて突っ立ち、無心の境地でこの場を見守る。
ギギギ、と扉が開いたのはその時だ。
「……え?」
そこに立ってたのはマリカ。
弱々しい声で呟いたのち、コーラが入っているであろう一升瓶を落とす。
――パリン!――
一升瓶が割れる音、呆然と立ち尽くすマリカ。
そして俺は我に返った。
くそっ、どうして俺は諦めてしまったんだ。
この惨状、大好きな冒険者達が悪酔いして食堂を破壊する悪夢のような光景が、ひとりの少女の悲しみを生むと、少し考えればわかったことなのに――。
それなのに、気付かなかった。諦めた。
俺、陽川大地の、一生の不覚だ。
マリカを慰めて、皆を止めなければ。
マリカはプルプルと震え、うつむいた。
涙なんて見たくない。俺が流させない。今行くぞ。
――タタタッ――
マリカの元まであと少し、彼女は顔を上げた。
「ぬわにやってるんですかあああああああ!!!!!!!」
えええええええええええ⁉⁉⁉⁉⁉
涙を流すどころか。
マリカは最大級の怒りをぶつけるが如く、怒鳴り声を散らした。
ちなみにその表情、不思議の国のアリスはどこへやら、ハートの女王ですら泣いて逃げ出す鬼のようであった。
「全員! そこに正座! 早くしなさい!」
そのあまりの迫力に酔いが覚めた冒険者達は、震えてマリカに従った。
酔い潰れて爆睡していた者でさえ、何が起きたのかわからないまま、ただその怒鳴り声に起こされ、迫力に気圧され、正座をし始めるほどだ。兄であるドミゴもご多分に漏れずである。
そして、この俺も。
怒るマリカの至近距離で、つい正座してしまった。
「玉を足で蹴るなんて! お行儀の悪い!」
裸で飲んだくれていた時点ですでに行儀の悪さは最高潮に達していたと思うが……。
今ツッコむと怒鳴られそうなので黙っておくとして、マリカは足下に転がっていた玉を手に取り、皆に突きつけた。
「いったい、誰が最初に始めたんですか⁉」
その質問だと答えは明確だ。だって俺だから。
けれど原因にはならず……っておい!
言葉の表面だけをすくい取った冒険者達は皆、無言で俺に視線を向けていた。
まるで答え合わせをするかの如く、ジッーと。
おやおや、注目されちゃったなあ……って、俺は関係ないだろ!
事情を知らないマリカの鬼のような怒り顔は、俺ひとりのみに向けられる。
「待てマリカ! たしかに最初に始めたのは俺だ。けれど――」
「ダイチさぁん!」
「は、はい!」
「いいわけは見苦しいですよ! 反省してください!」
有無も言わさず一蹴された。
まさか12歳の少女にお説教をくらう日がくるなんて思いもしなかった。
なんでこうなるの……。
その後、皆の自白と弁解によってなんとか誤解は解けたものの、全員で食堂を掃除することに。
ああ、なんで掃除なんか……。
早く外に出て魔物と戦ってみたいな……。
そんなことを思いつつ、頭の片隅に残ったのは萌生のことだ。
ギルドに来てから、不可解な行為が目立った。
俺にくっついて離れないし、会話をしようとしないし、挙げ句、壁に顔を向けて存在感を消しているし――。
元から、不自然に感じる点はあった。
というのも、こいつは俺のことを知らなかった。
フィールドのプリンスも、陽川大地も、両方を聞いたことがない日本の高校生なんて普通いるか?
不自然なそいつは今、ほうきを持って俺の後ろにくっついている。
なあ萌生、お前はいったい、どんな前世を送ってきたんだ?
胸に疑問を抱えたまま、今日という日は暮れてゆく。
こうして俺の異世界生活初日は終わりを告げた。




