0029 不可解な後ろ姿
「……なにやってるんだ?」
萌生の後ろ姿に、そう声をかけるしかなかった。
彼の行為の意図は図って読めてくるものではない。
というのも……
食堂の隅。
この場所で、萌生は壁に顔面をくっつけて棒立ちしていたのだ。
まるで部屋全体に背を向けるように。
この不可解な言動の意図を読むには、腕利きのエスパーでも呼んでこない限り無理であろう。
したがって本人に直接尋ねるしかない。
「あ、陽川君」
震える声で、俺の呼びかけに応えた。
その顔色は悪く、青ざめているようにも見える。
「なにやってるんだよ」
再度尋ねると、萌生は一言。
「こ、怖いでヤンス」
「怖い?」
俺は食堂全体をぐるりと見渡した。
今この場にいる冒険者達は、酔い潰れて寝ている者と、下手くそなリフティングに精を出す者の2つに分かれる。
「たしかにいかつい見た目のやつも多いが、皆いいやつばかりだぞ」
萌生に視線を戻し言うと、軽く横に振られた首を返される。
「個人個人というよりも……大勢が密集している、狭くて締め切られたこの空間が、怖いでヤンス……」
「え? 大勢の人が怖い?」
確認すると、萌生は「うん」と頷いた。
はあ、それは一体どういうことだ?
これもエスパーを呼んでこなければ到底理解できない。
「まあ、そんなことよりよ」
考えていても意図は読めそうにないし、かといって直接尋ねるのは憚られる。
俺が踏み込むことで萌生が嫌な思いをするのではないかと、懸念した。
そんな俺は萌生の肩を組み、まずは心をほぐそうと、
「お前も陽川君じゃなく、下の名前で俺のことを呼んでくれよ。そんな他人行儀な呼び方、前世では教師くらいだったぜ」
実は前々から気になっていた『陽川君』呼びについて言及する。
すると、萌生の肩がビクッと跳ねた。
顔をのぞき込むと、さっきにも増して青ざめており、心がほぐれるどころか、なぜか逆効果を生んでしまった。
「そんな……僕なんか所詮……陽川君とは住む世界が違う人間でヤンスから……」
そう言って俺の手を肩から下ろし、一歩距離を取った。
なにを引け目に感じているのか。
たしかに実力だけを鑑みたら、俺とそれ以外の人間は皆、住む世界が違う。
俺は運動神経も智力も別格なのだから、当然だ。
だが、交友関係はそれこそ別だろう。
もしそこに実力を持ち込もうものなら、俺はひとりぼっちになってしまうね。
さすがにそれは勘弁だ。
「そんなこと言うなよ~。俺もお前も、日本で生まれて日本で死んで、この世界で生き返った。ほら、住む世界、まったく同じじゃねえか」
そういう意味での『世界』ではないとわかっているが、あえて冗談めいた口調で言った。
「俺はトラックに轢かれたんだ。情けない話だろ? 萌生はどうして死んだんだ?」
冗談めいた口調は続けたが、これはガチで情けない。
なにせ、トラックに轢かれて死んだラノベの主人公をバカにしていたら、自分も同じ目に遭い死んでしまったのだ。この経緯は墓場まで持っていこうと思う。
まあ、前世ではもう墓場に入ってるんだけどね。なんちゃって。
「う、ううう……」
茶目っ気を見せた俺とは対照的に、萌生はうめき声を上げた。
その顔面がさらに青くなっており、もはや血が通ってないと言っても過言ではない。
少々、冗談が過ぎたようだ。
「悪い。思い出したくないよな」
死因だって色々とある。
俺のように吹っ切れば笑い話できる死因なんぞ少数で、大半は重く、苦しい話になってしまうだろう。
とっさに詫びた俺に、萌生は「いや」と首を振る。
「気にすることないでヤンス……僕も……交通事故でヤンスから……その……霊柩車に轢かれて……」
「おおう、ずいぶん珍しい車に轢かれたな」
道連れにされてるじゃねえか。
萌生の気持ちを他所に、当時の状況を詮索したくなるな。
しかし……
「いて」
飛んできた玉が頭に当たり、その好奇心を遮られた。
誰かが下手くそなリフティングでここまで飛ばしたのだろう。
ったく誰だ? 下手くそもここまでくると……⁉⁉⁉
振り返って見えた光景に、俺は我が目を疑った。
倒れたテーブル。
落ちて割れてしまった皿。
視界に入ったのは目を覆いたくなるような光景。
冒険者達のリフティングが下手すぎるあまり、食堂がすっちゃっかめっちゃかの大惨事になっていたのだ。




