0027 宴会無双(1)
「よっしゃそろそろ行くぞー!」
チンピラ冒険者が高らかに声を上げたのは、料理の殆どが平らげられ、酔いつぶれた冒険者が多数床に転がりいびきをかく、会の終盤を感じされる時だった。
……なにをするつもりだ?
目を向けると、どこからか取り出した玉を数個、両手にいっぱいに抱え、まだ意識がある冒険者の注目を集めていた。
「おっ! やれやれー!」
「新記録だせよー!」
「前より上手くなったんだろうな!」
どうやら宴会の恒例らしく、冒険者達からは期待とも取れる声が上がる。
「落ち着け落ち着け、まずはウォーミングアップに……5個からいくぞー!」
「「「うおー!!!」」」
チンピラ冒険者は威勢のいい声をあげて、野球ボールサイズの玉を、宣言通り5つ手に取る。
そして――
「はい! はい! はい! はい!」
「「「おおー!!!」」」
玉を空中に上げて次々と持ち替えていく、チンピラ冒険者のジャグリングに歓声が上がった。
「次、6個目頼む!」
その要望に、近くにいた冒険者が応えた。
机に置いた残りの玉を一つ手に取り、「あいよ!」と、手元に投げてやる。
玉は弧の一部に加わり、宙に舞う。
「おおー!!!」
「次、7つ目!」
歓声も束の間、チンピラ冒険者はさらに追加を要求した。
さきほどと同様、近くの冒険者が手元に投げ、宙に舞う玉がまたひとつ増えた。
かと思った矢先――
「「「ああ~」」」
冒険者達から落胆の声が上がる。
チンピラ冒険者は玉を上手くつかみ取る事ができず、バランスを崩して手からこぼしてしまった。
こうなれば後は儚い。
立て直すこともできず、すべての玉が床に落ちてしまう。
「くっそ! 7個目の壁がどうしても越えられない!」
チンピラ冒険者は悔しがる。
「いやいや、それでも相変わらず凄いぜ」
「俺達も挑戦してみたけど、せいぜい3つか4つが限界だもの」
「次があるさ! 次が!」
冒険者達は一芸を披露した彼に拍手や歓声で賛辞を送る。
けれど彼は満足できないようで、歯を食いしばりながら床に落ちた玉を拾い……なぜかはっとなって俺を見た。
「そうだダイチ! お前やってみろよ!」
「え? 俺?」
「そうそう! 早くこっち来い!」
……ま、いっちょやってやるか。
手招きを受けた俺は、冒険者達の「いいぞーやれー」「転生者の実力見せてくれー」と期待の声に後押しされ、一芸に乗っかることにした。
机には、全部で10個の玉がある。
「ほら、最初は何個にする? まずは3つくらいから……」
「んーじゃあ7つで」
「は?」
「「「おおー!」」」
チンピラ冒険者が上手くいかなかった個数、それを俺はいきなり宣言した。
冒険者達からは歓声が上がる。
一方で、チンピラ冒険者は苦笑を浮かべた。
「待て待てダイチ、お前、ジャグリングやったことあるのか?」
「いや、ないけど」
「それならまず最初は……って言ってる側から!」
忠告を受け流した俺は、玉を7つ、両手に抱えた。
ジャグリングなんて、所詮はお手玉だろ。
たしかにやったことはないが、俺に不可能なんてないって。
「まあ見てな」
笑顔を向けて、玉を宙に上げる。
「「「おおー!!!」」」
驚愕めいた歓声が上がったのは、俺のジャグリングが成功したからだ。
ああ、やっぱり余裕だったな。
崩れる気配のない玉の弧道が、新記録更新を確信のものとさせる。
ふと目を横にやると、チンピラ冒険者は呆然と玉を眺めて突っ立っていた。
俺はジャグリングを続けながら、声をかける。
「追加、頼めるか?」
「……な⁉ 8ついくというのか⁉」
「いや、残り全部だ」
「はあ⁉ 10個になるぞ⁉」
「ああ、残り3つ、一気に頼む」
「一気にってお前……タイミング合うわけないだろ!」
「適当に手元に投げてくれたらいい。タイミングは俺が合わせる」
「……知らねえぞ」
どうにでもなれと言うように、呆れた声が返ってきた。
チンピラ冒険者は机に残る3つの玉を手に取って、
「ほらよ! お望み通りだ!」
手元に、玉が3つ、同時に投げ込まれた。
そして俺は――
――ポンポンポン!――
手首のスナップを効かせ、まずは3つの玉を垂直に上げる。
端からだと目にも留まらぬ早さだろう。
ただ上げたわけではない。
1つ目は強く高く、2つ目は少し弱めて、3つ目はさらに弱く、力に強弱をつけたのだ。
こうすることで再び手元に戻ってくるタイミングに差が生まれ、あとはひとつひとつ丁寧に弧の中に加えてやれば、完了だ。簡単だろ?
かくして、計10個の玉が、俺の手を介して安定した弧を描く。
「「「おお~!!!」」」
惚れ惚れとした声が食堂をこだました。
皆、歓声や驚愕を超えて、感嘆しているのだ。
「お、おい、ダイチの顔を見てみろよ」
とある冒険者の声は、震えていた。
「わ……笑っている?」
「この状況で……だと?」
「なんて余裕だ……」
――ザワザワ――
目にしている光景が信じられないのか、皆がざわめく。
そんな中、
「いや、違う!」
混沌とした場を一閃する鋭い声を上げたのは、チンピラ冒険者だ。
「余裕? そんなものじゃない!」
「な、なにが言いたいんだよ」
「ダ、ダイチは……」
ゴクリと、次の言葉を待つ皆は唾を飲む。
「ダイチは……この状況を……楽しんでやがる!!!」
その声を耳にしたのち、「そろそろ終わりにするか! 受け取れよ」と。
チンピラ冒険者に向けて、今度は俺が言葉を投げかけた。
ジャグリングを続けつつ、ポイポイっと。
ひとつひとつ丁寧に、彼の胸元に玉をトスしてやる。
最後のひとつを投げ終えた後に目にしたのは、震える腕で10個の玉を抱えるチンピラ冒険者であった。
「遊び終えたら、ちゃんと持ち主に返さないとな」
そう言って微笑むと、
「「「うおー!!!」」」
割れんばかりの歓声と拍手が食堂を包み込んだ。
その中をかき分けるようにゆっくりと歩み寄ってきたのは、チンピラ冒険者だ。
彼は玉を机に置き、言う。
「ダイチ、完敗だ。そして、ありがとう」
その表情は、まるで憑きものが取れたかのように晴れやかだった。
「オレ、ジャグリングと皆の楽しむ顔が好きで、だから宴会の席でこれを始めたんだ」
置いた玉を一瞥する。
「ところがいつしか、7個目の壁とか言って、記録ばかりこだわるようになっちまった。楽しいはずのジャグリングで、苦悩し始めたのもこの頃だ」
憂いを帯びた目をしたのもつかの間、
「でも、さっきダイチに気付かされたんだ!」
力強く、輝きに満ちた目が俺に向けられる。
「大切なのは、好きなものを心から楽しむ気持ちだって! そしてそれが上達への1番の近道でもあることを!」
そして、彼は手を差し出してきた。
「オレ、もっと上手くなってみせる! だから待っていてくれ! いつかダイチに追いつくその日まで!」
「ふっ、俺は手強いぞ」
差し出された手を、強く握りしめた。
健闘を讃え合い、明日へのエールを送り合う、男同士の固い握手だ。
「「「うおー!!!」」」
食堂は今日1番の大歓声に包まれ、俺は今一度「ふっ」と微笑み、思う。
……あれえ? これただの宴会芸だよね?




